第11章:旅立ちの前に

第1話:大先生は、なんでもお見通し

「折角なので、集落のひとたちも呼んで皆で焼肉食べませんか?」と提案してみたが、ルーファスからは「皆が集まると話が長くなるゆえ、今はわしらだけで先に済ませてしまおう」と、ここはやんわりと却下されてしまった。

明日は夜明けころに出立予定らしく、本日は早めの就寝となるらしい。

この後におれとサイラスも含めた三名で話し合いになっているので、それを考えると今日のところはルーファスの都合で動くのが正解かと思い至った。

焼き鹿肉の感想はまた明日にでも聞けばいいし、なんならおれは話し合い後に焼き場へ戻ってこればいいだけの話だ。


それから事情を心得たドッズは切り役に回り、おれは焼き役に徹した。

ドッズが食べるのを控えてくれたので、焼いた肉はおれにも割り当てられ漸く腹を満たす事が出来た。

その頃には自分で鉄板から焼けた肉を摘まむ事が出来る様になっていて、このスキルは今後も焼き場で重宝する事になると思う。

ルーファスが水しか飲まなかったので、おれとサイラスも飲酒は控えたが……どう考えても酒に合う味なので、これに関しては頭がおかしくなりそうな我慢を要した。

サイラスも時折苦悶の表情を浮かべていたので、おれと同じ気持ちだったと思う。

彼とはやはり気が合いそうだと認識を深めるひと時となった。


「――では、そろそろ行くかのう。サイラス、リョウスケ……まだ物足りないであろうが、お主らはまた後でこの場に戻って来れば良い」

そう言うと腹を満たした大先生は、一足先に集落の中へと入って行った。

おれはサイラスと顔を見合わせ「さすが大先生は、なんでもお見通しですね」と言うと、彼は「それは勿論、この国で一番の魔導師さまですから、なんでもお見通しですよ」と軽口で返してくれた。

サイラスは一見クールで真面目そうに見えるが、堅物では無いのでこういうノリには合わせてくれるみたいだ。

「じゃあドッズ、おれたちは大先生の家に向かいますね。多分後で戻って来るので、肉とクヴァスは残しておいて下さいよ?あと、野菜の方はしっかりと火を入れて岩塩だけで食べた方が美味しいかも……」

それを聞いたドッズは「ああ、分かった、分かった。適当にやっといてやらあ」と返事を返してくれたが、彼はずっと酒を飲み続けているので空返事感が半端なかった。

少し心配はあるけれど、いつまでも大先生を待たす訳にはいかないので、おれとサイラスは焼き場に後ろ髪を引かれつつその場を後にした。


ルーファスの家まで歩く途中でサイラスに語り掛けた。

「――あまり深く詮索する気は無いですけど、今回の話し合いでアランが同席しないのは、何か深い意味がありますか?」

本来ならルーファスに尋ねるべき事だと思うが、サイラスの所感を聞いてみたかった。

「そうですね、深い浅いに関わらず何かしら意味はあると思います。しかしそれはアラン個人の問題では無く、彼が魔法使いでは無く騎士だから……と言った様に、役割や職業的な問題として受け止めれば良いと私は考えてます」

先に深く詮索する気は無いと告げているので、サイラスのこの返答を受けてこの場は納得するべきだと思っていた。

同じ宮廷に仕える者同士でも、魔法使いと騎士とでは中々一枚岩になれないのは今まで聞いた話からも察しはつく事だし。

「あと、もう一つ。森林魔法の件ですが、これは元々サイラスが継承する予定だったのですか?」

これも深く詮索するつもりは無かったが、返答の深い浅いはサイラスに委ねるべきかと思い、余計な言葉は省いた。

「森林魔法の基礎に関してはルーファス先生から教えて頂いてます。しかし、この地に来て本格的な継承を受けるとは考えてませんでした。数いる宮廷魔法使いの中で森林魔法の研究に取り組んでいるのはルーファス先生と私だけですので、今回の一件は成り行きや思いつきでは無いと思いますけれど……」

サイラスは実に真摯に受け答えてくれたと思う。

今は短い道程での会話だけになってしまったが、彼とは今後同じ時間を共有する事が多くなりそうなので、良い関係を構築したいものだ。


ルーファスの家に着き中へ入ると、大先生は早くも三人分の茶を用意してくれていた。

おれはいつも通り大先生の正面の席に着き、サイラスはおれの右手側に腰掛けた。

色々と話題の見当は付くが、テーブルの真ん中に天啓の石板が置いてあるのでギフト絡みの話があるのは間違い無い。

「――まずは茶で喉を潤すが良い。サイラスは早朝よりご苦労であった。先程話した通り、今後は集落の守護役を務めつつ森林魔法の継承に励んでくれ」

その言葉を受け、サイラスは茶に手を伸ばそうとしていたが一旦止めて、座したままだったがルーファスに身体を向け軽く頭を垂れていた。

ここでサイラスは言葉を発しなかったので、全て仰せのままにと言った所作になるのだろう。

それからルーファスはおれへと視線を移した。

視線が重なった時に、話し合いを始める前に先に告げておかねばならない事があると思い至る。


「――先に一つ、報告したい件があります」

おれはそう告げて、茶を一口啜った。

いつも通りの熱いが薄い茶だった。

「ほう、なんじゃ申してみよ」

「実は、今日になって、文字が読める様になりました。すべての文字が読めるのか定かではありませんが、大ケヤキの下の魔方陣と焼き場の岩に刻まれた魔方陣の意味は分かる様になったのです」

これを聞きルーファスは僅かに目を見開いたが衝撃を受けた様子は無かった。

「そうか……なるほどのう。ギフト【言語理解】の本来の能力が開花したと言ったところか。何か切っ掛けはあったのか?」

「大ケヤキの近くであの魔方陣を観察していたら、突然激しい眩暈に襲われ、それが止んでからふと魔方陣へ目を向けたら、文字の意味が理解出来る様になっていました。何か切っ掛けがあるとすればそれ以外には考えられません」

「魔方陣で使われておる文字は古代文字じゃ。先住の民らが使っていた文字と言った方が分かり良いかのう。それと同じ文字が、この天啓の石板でも使われておる。どれ、では【言語理解】の実証見聞をしてみるか――」

ルーファスはそう言うと、天啓の石板をおれの方へと押し寄せて来た。

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