第10話:森林魔法の継承
酔っていても流石はドッズと言うべきか、彼はそう時を空けずに様々な部位の切り身を焼き場へと持って来てくれた。
「おー、なんだあ、大先生たちも来てたんだな。多めに切って来て正解だったぜ」
ルーファスに対して「大先生」の呼称は隠語だと思っていたが、どうやら普段使いの様だ。
「ドッズよ、なんじゃその器に山盛りの肉は?まだ生肉であろう?」とルーファス。
これは肉は焼いてから切り分ける、が一般常識だからこその質問だろう。
「今日はリョウスケの国のやり方で肉を焼いてんだ。これがまた旨くてよう!大先生たちも取りあえず食ってみろよ!」
そう言い放つをドッズは肉を鷲掴みにしてクヴァスタレの中へ投じてしまった。
折角各部位ごとに切ってきて貰ったのに、これではどれが何か分からない。
まあ、この大味な感じも嫌いでは無いけれど。
「クヴァスに細かく砕いた岩塩を混ぜて、それに肉を漬け込んでから焼いてます。そうする事で肉質が柔らかくなり旨味が増す訳ですけど……とにかく一度食べてみてください」
そもそも何故肉が柔らかくなり旨味が増すのか、おれ自身がその原理をよく理解して無いのでちゃんと説明は出来ないのだ。
今になってスマホやインターネットの便利さが身に染みる。
最早どの部位か分からないが、比較的脂身の多そうな肉を選び鉄板の上へ置いていった。
肉が焼け匂いが立ち込めると、へたり込んでいたサイラスだったが鼻を鳴らしつつ立ち上がり、おれたちと一緒に焼き場を取り囲んだ。
「――これはなんの肉を焼いているのですか?」
自称グルメ通であるサイラスは疲れているが探求心に突き動かされてしまったみたいだ。
その問いに答えたのはドッズで。
「これは鹿肉の腹肉と背肉と腿肉のどれかだな。味はクヴァスと岩塩でつけてる」
「クヴァスと岩塩?それは聞いたことの無い味付けですね。リョウスケの国の手法ですか?」
この問い返しの間にドッズは肉をひっくり返してゆく。
完璧なタイミングだった。
この人なら焼き肉屋の経営を任せても繁盛させてくれそうだ。
「ええ、一般的……とは言えないですけどね。この焼き場は温度が高いので、そろそろ食べごろですよ。もう味付けしてあるのでそのまま食べて下さい」
そう告げると誰よりも先に手を伸ばしたのはルーファスだった。
大先生はドッズと同様に全く怯む様子無く鉄板の上の肉を摘まみ、そのまま口へ放り込む。
「ほう!確かに、これは旨いのう。柔らかく、味が肉から染み出してくるようじゃ」
そして、時を置かずに再び鉄板へ手を伸ばして舌鼓を打っていた。
その反応を見てサイラスも鉄板の肉へと手を伸ばすが、こちらは一度躊躇い恐々と焼けた肉を掴み、明らかに苦痛の表情を浮かべながら口へと放り込んでいた。
「はふはふ」と暫くは味もへったくれも無い状態だったが、熱さが落ち着くと目を見開き「こ、これは旨い!え?なんですかこれは?」と、普段クールな彼にしては珍しく素っ頓狂な声を上げていた。
「だから鹿肉だって言ってんだろうがよ!」とドッズは吠えると、鉄板の上のラスト一枚を搔っ攫ってしまった。
これはどんどん焼かないといつまで経っても肉を堪能できないぞと思い、鉄板の上に肉を並べていくことにした。
その様子を黙って見ていたルーファスだったが、一頻り肉を並べ終えると喉を鳴らし語り始めた。
「――ドッズよ?わしは明日王都へ向け出立する。集落の守護はここにおるサイラスに委ねるゆえ、何かあれば協力してやって欲しい」
ルーファスは鉄板からドッズへ視線を移していた。
一方のドッズは鉄板へ視線を向けたままだったが、うんうんと頷いて反応は示していた。
「あと、サイラスが守護者を務めておる間に、森林魔法を教えてやって欲しいのじゃ。本来はわしが教えてやらねばならぬのじゃが、生憎……時が足らぬのでな。基本的な事は既に伝えておるので、応用を教えてやってくれ」
ドッズは依然、うんうんと頷きつつ火の通った肉をひっくり返してゆく。
「なあ、大先生よう?もう集落には戻って来れねえのかあ?」
「さあ、どうかのう。事が収まるのが先か、わしの寿命が尽きるのが先か。どちらにせよ、次に起こるであろう大きな国難を回避出来ねば、二度とこの地には戻れまい」
「そうか、そうか。なあ、大先生よう?森林魔法はソイツ以外にも見込みが有りそうなヤツには教えていいんだよなあ?」
この二人の会話を固唾を飲み聞き耳を立てた。
神妙な面持ちなサイラスもおれと同じ心境かと思う。
次第に肉は焼け、ルーファスとドッズは言葉を交わしつつ肉を喰らっていた。
「わしを除けば、お主がこの国一番の森林魔法の使い手じゃ。後継の選択をお主に委ねる。しかしまずはサイラスの育成に注力して欲しい」
「ああ、それは約束する。ついでにリョウスケに教えてやってもいいよな?」
この時、ドッズは鉄板を見たままだったがルーファスをおれへと顔を向けた。
「ふむ、リョウスケにか。森林魔法を、となると……ちいとばかり問題があるのう。じゃが、まあ、獣を狩る用の罠であればわしの許可を得る必要は無い。あれはそもそもドッズ一族が継承すべき技術じゃからのう」
恐らく森林魔法は対人に特化し戦争利用の為の魔法だから、国家機密的な扱いなのだろう。
要するにそれを異国の民であるササラ人に教える事は出来ないという事だ。
これに関してルーファスの判断に異論は無かった。
しかしその口振りからして、やはり大先生はおれを明日王都へ連れて行く気は無いらしい。
そうなると別れの時までに幾つか話しておきたい事がある。
まずはこの集落から立ち去るべきなのでは?ということ。
あとは、ササラ人としてこの国で生きてゆく為に街への立ち入り許可の申請とか。
その他で言うと……文字を読めるようになった事も話しておくべきだろう。
「――あの、ルーファス?食後で良いので、少し話す時間を頂けませんか?」
鉄板の上で焼けた肉は次々と無くなってゆく。
おれとしても皆と一緒に堪能したかったが、まずは懇談の約束を取り付けなければ気が気では無かった。
「うむ、今日をおいては暫く会話の機会は無いからのう。食事を終えたらサイラスも含め、語り合おうぞ」
それを耳にしたサイラスは少し驚いた表情を浮かべていた。
まさか自分が呼ばれるとは思って無かった様だ。
「私も同席して宜しいのですか?」とサイラス。
「そうじゃ。お主は若くリョウスケとは年も近い。リョウスケの様な稀有な存在をこの国で生かすには、わし以外にも理解者が必要なのじゃ」
ルーファスはそう言い、最後の肉に手を伸ばした。
今まで話した感じから、大先生はサイラスの事を高く評価していると思う。
もしかしたら……後々は宮廷魔導師として自分のあとを継がせようとと考えているのかも知れない。
サイラス自身にその覚悟があるかどうかは別にして。
そして、最後の肉を食べたあと。
「――のう、ドッズよ?」
「なんだあ、大先生?もう腹一杯になったのかあ?」
「いや、それがのう?今日は珍しく腹が空く。鹿肉はまだあるのか?」
「おお、大先生が肉の催促をするとは珍しいな!勿論まだまだあるぞ!今日の鹿は今年一番の大物だったからなあ!ちょっと待ってろよ、すぐに切って来てやるからよう!」
どうやら大先生は焼き鹿肉を気に入ってくれたみたいだ。
ドッズは鳥小屋へすっ飛んで行ってしまったので、おれは追加のクヴァスタレを作っておくことにした。
食後に話し合いがあるので、何か手を動かして無いとすぐに色々な事が思い浮かび頭が一杯になってしまう。
小難しい話は後に回して、このひと時は出来る限り食事を楽しみたいと考えていた。
第10章
猟師の在り方
END
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