第9話:焼き鹿肉
鉄板の上に肉を置くなり、じゅうじゅうと小気味良い音が鳴り出す。
すぐに肉の香ばしい匂いが辺りに立ち込めた。
かなり火力があるので、肉の一切れはあっと言う間に火が通ってしまいそうだ。
「ドッズ?肉をひっくり返して貰えますか?」
おれはとても手が出せる温度では無いので、ドッズへ依頼してみた。
すると彼は全く躊躇うことなく、手早く肉をひっくり返してしまった。
そして指先についたクヴァスタレをペロリと舐める。
「おお、これは旨いかもなあ。良く塩味が効いてるぞ」
「火力が強いからすぐに焼けるね。そろそろ良いかも……」
そう言うや否やドッズは目にも止まらぬ早業で鉄板へと手を伸ばし、肉を摘まんで口の中へと放り込んでしまった。
流石に熱いのか口を「はふ、はふ」としているが、そうしながらも顔は満面の笑みへと転じていた。
そして、肉を飲み込みクヴァスをぐびぐびと呷り、おれの分の肉まで食べてしまう。
そんな勢いで食べたら口の中の皮がべろんべろんになってしまうだろうに……。
「ああ、これは旨いぞ!鹿の肉がクヴァスに漬けただけでここまで柔らかく旨くなるとはなあ。あ、すまん、勢いでリョウスケの分も食ってしまったな、がははは!」
このノリの良さと愛嬌を見せつけられると怒る気も起きない。
「肉はまだまだあるので全然良いですけど、普段食べていた鹿肉よりも美味しかったってことですよね?」
「おお、旨い、旨い!普段食べていた物は勿論だが、宮廷で出されたどの料理よりも旨いぞ!」
これまた上々の評価と言ったところか。
サイラスやソフィア、ルーファスとドッズと元々王都で生活していた人たちが、これほど喜んでくれるのだから、味付けや料理の手法には自信を持つべきだろう。
ササラ人の容姿があるのでサリィズ王国内で商売をするのは難しいと思うけれど、例えば料理人にレシピを教えるとか、レシピを本にまとめて販売するとか、何かしら稼ぐ手段はありそうだ。
「じゃあ、残りも焼きましょうか。今度はおれにも食わせて下さいよ?」
そう告げてから残りの二切れを鉄板の上へ置いた。
じゅうじゅうと音を上げ、あっと言う間に火が入ってゆく。
今回はドッズがタイミングを見計らって肉をひっくり返してくれた。
瘦せ我慢してる様子は無く、手早くはあるが慌ててる感じは無い。
「俺が焼く時はもっと分厚く切って焼くんだよなあ。時間を掛けて焼いて、焼きあがってから切り分けてるんだ。その方が楽だからな。これは俺だけじゃなくて、この国の奴らが肉を焼く時は大体そんな感じだ」
「でも、さっきコールに渡した肉は焼く前に切ってましたよね?今焼いてる肉よりは大きく切ってましけど」
「向こうの集落には小せえガキが多いからよう。肉は焼かずに煮て食う筈なんだよ。ガキは弱えから、生焼けの肉食ったら腹痛おこすし下手したら死んじまうからな。コールくらいまで育てば大丈夫だが、十歳に満たないガキは危くて仕方ねえ」
会話を続けつつ、ドッズは焼けた肉を摘まみ手渡して来た。
一瞬、クヴァスを飲み干して酒器で貰おうかと考えたが、流れでそのまま肉を摘まみ口の中へ放り込んだ。
熱かったが直接鉄板から取った訳では無いので騒ぎ立てる程の事は無かった。
それよりも肉の旨さの感動が強い。
「焼き加減も塩加減も丁度いい。ああ、これは旨いですね。酒が進む味だ」
その言葉通りに、肉を喰らい酒を呷る。
ドッズも焼けた肉を口に入れ軽く咀嚼して飲み込むと同時にクヴァスを呷っていた。
「リョウスケの言う通りだ。いつもよりクヴァスが旨く感じる……。鹿でこれほど旨いのだから、猪や熊ならもっと旨く焼けるのか?」
それに関しては実際食べてみなければなんとも言えない。
脂身の多い方が旨いとされるのであれば、鹿よりも猪や熊の方が旨い可能性はあるけれど。
「多分、旨く焼けると思いますけど。この漬けダレは簡単に作れるので色々と試してみる価値はあると思います。同じ鹿肉でも部位に寄って味や食感が変わりますしね」
「おお、それもそうだな!じゃあ、少し待ってろ。各部位ごとに肉を切り出して来てやるからよう!」
そう言うとドッズは、のしのしと鳥小屋へと歩いて行った。
普段より若干早足なのは、彼の期待度の高さを感じさせてくれる。
肉が無くなってしまったので、おれもドッズの後に続こうと思ったが動き出す前に森の中から人影が――。
ルーファスとサイラスだ。
二人はおれの姿を確認すると、こちらへと歩み寄って来た。
「――リョウスケがおるでは無いか。肉の焼ける匂いがするからドッズがおると思っておったがのう」
老魔法使いは至って普段通りだったが、その後ろに控えるサイラスは見るからに疲弊していた。
朝っぱらから強行軍で森の中を連れ回されたのは……聞くまでも無い。
「ドッズもいますよ。今鳥小屋で肉を切ってくれてます」
「ふむ、何か大きな獲物を仕留めおったのだな。丁度良い。集落を離れる前にドッズとは話しておきたかった事がある。サイラスよ、これにて守護者の引継ぎは終いじゃ」
ルーファス大先生からの声を聞き気が抜けたのか、サイラスはその場にへたり込んでしまった。
額に汗を浮かべ、髪や服には木の葉枝や草が纏わりついている。
それに比べると大先生の方は着衣の乱れ無く、表情も平然としていた。
健脚だとは思っていたが、まさかまだ若いサイラスと比べここまでの差があるとは。
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