第7話:くすねて来てやる
ドッズが鳥小屋から引っ張り出して来たのは、五十センチ四方程度の鉄板だった。
厚みは一センチほどで、平らで良く使い込まれてある。
彼はそれを両手で抱えて来て、焼き場の岩の上へ設置した。
用途なんて聞くまでも無く、この世界にも鉄板焼きがあるんだ!と胸が高鳴った。
「おお、いいね、いいね!ここで肉を焼いてクヴァスをぐいぐい飲むとか最高ですね!」
テンションが跳ね上がり、声が上擦ってしまう。
今朝、BBQがしたいと思っていた所なので、こんなに嬉しい事は無い。
「リョウスケの国でも肉は鉄板の上で焼いて食うのか?」
「食べ方は色々ありますけど、鉄板で食べるのは一般的でしたね。鉄板焼き専門の店があって、おれは友人と良く行ってました」
「ほほう!そんな店があるのか?焼くのは肉だけか?」
「いやいや、おれの国はなんでも鉄板で焼きますよ。肉から野菜から魚介から粉ものまで、ありとあらゆる食材を焼き捲ってますね」
恐らく粉ものは通じないと思ったが、ドッズはそんな細かい事は気にしないと思った。
案の定会話は途切れずに繋がってゆく。
「魚は分かるが野菜ってのは、食える草とか木の実のことか?」
「そうですね、あとはキノコとかも。肉から出る脂に絡めて焼くとね、旨味が染みてめちゃくちゃ美味いんですよ」
この質問が来るという事は、この世界かこの地域で野菜は煮て食べるのが一般的なのだろう。
今まで集落で頂いた料理は全部煮物だったし、葉物や茸類を炒める文化は無いのかもしれない。
「それはそれは……そう聞くと旨そうだな。よし、じゃあ今日はリョウスケの国のやり方でやってみるか。昨晩の料理も旨かったしな。お前に任せるのが一番良いかもしれん。ちょっと待ってろよ、すぐに草やら茸をくすねて来てやるから!」
ドッズはそう言い放つと、今度は酒の器を持ったまま集落の中へと入って行ってしまった。
この流れは今日もおれの世界の料理を披露する展開になりそうだが……鉄板焼きとなると、それほど目新しい料理の紹介は出来ない。
一番メジャーどころはお好み焼きやもんじゃになると思うが、粉もの系は小麦粉が無ければ話にならないし、そうなると当然焼きそばも不可だ。
出来るとすれば野菜炒めとか?
卵があれば豚平焼きくらいは出来るのだろうか?
ああ、いや鹿肉だから鹿平焼きになる?それをツッコむ人はこの世界には居ないだろうけど……。
魚と野菜を蒸し焼きみたいにして、ちゃんちゃん焼きも出来なくは無いか。
さっき肉を包んでいた広葉樹の葉を上手く使えば、アルミホイル代わりに出来るかもしれないし。
バターや味噌とかも欲しいところだけど、無い物
中々決め手に欠けるが、今日はそこまで拘らなくても野菜を炒める文化が無いなら、野菜炒めを作るだけで十分賞賛の声を頂けるとは思う。
ドッズが持って来てくれる野菜を切ってしまえば、後は酒を飲みながらでも皆でワイワイと炒めて食べて楽しい時間を過ごせるはずだ。
再び一人となり、今度は周囲の森林へと目を向けクヴァスをちびちびと飲んでいた。
この地帯は針葉樹よりも広葉樹が多そうだ。
新緑の季節だからか、鬱蒼としてるが鮮やかな緑色で目に映える。
これだけの森林だから、探せば料理に使える植物やら茸類は幾らでも見つかりそうだ。
山椒とかシソの葉とか、椎茸とか舞茸とか……松茸やトリュフとかもあれば尚良いけど。
じっくりと時間があればドッズと一緒に大森林の食材探しとか、想像しただけでも本当に楽しそうで頬が緩んでしまう。
――と、ここでドッズが集落の中から戻って来た。
酒の時よりも若干時間が掛かったみたいだが、その分収穫はあったみたいだ。
彼は食材を山盛りに積んだカゴを両手で抱えて焼き場まで歩くと、近くの切り株の上へカゴを置いた。
所々引っこ抜かずにある切り株や岩は、時として物置や椅子として使われる訳だ。
「おれの国だと、くすねるって言葉は、こっそり盗み取る……みたいな意味がなんですけど、どうやらこの国では違うみたいですね」
親しみを込めて皮肉を投げ掛けるとドッズはガハハと笑い「だったら俺の国と同じじゃあねえか!俺のこっそり盗むはこれでも少ない方だぞ?」と悪びれること無く切り返してくる。
「こんなに持って来て後からベリンダに怒られないですか?」
「だから気にすんなって。森の中に生えてる草や茸や芋は大抵は俺が採って来てんだからよ。って言うか、蔵にいたベリンダがこのカゴに草やら茸やらを入れて押し付けて来やがったんだからよう。怒られる筈がねえんだよなあ、がははは!」
懸念を笑い飛ばすとドッズはおれから酒器を奪い取り、クヴァスを呷り飲む。
まるで戦国時代の武将(想像上の)の様な飲みっぷりだ。
そのまま全部飲み干されそうな勢いだったが、無くなったらまたくすねて来るだろうと思い、カゴの中の食材をチェックする事にした。
葉物野菜よりも木の実や芋類が大半だった。
昨日と同様に毒々しい色味の茸があるが……集落の人を信用して気にせず使ってしまおう。
芋類なのか根菜類なのかは、切ってみなければ見た目では判別出来ない物もあった。
木の実は齧り付いて食べる果実では無くて、小粒だが塩味で炒れば美味しそうな感じがする。
酒のアテとして出されていた物と同じならぴりっと辛口で、それこそ山椒と同系統の植物なのかもしれない。
どちらにせよ、ベリンダがこれだけの食材をこちらに押し付けたという事は、今晩の食事も任せたわよ、という事か。
まだ今日は彼女の顔は見て無いし、声も聴いて無いけれど……目に見えない重圧をひしひしと感じる。
鹿肉とこのカゴの食材を鉄板の上にぶちまけて焼くだけでは芸が無さすぎるし、昨夜の大成功を味わってしまうと、おれとしても只では引き下がれない。
ここはひとつ何かいいアイデアを捻り出さなければ……。
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