第6話:焼き場にて

鳥小屋から外へ出て古い切り株に腰を掛けていると、そう時を待たずにドッズは戻って来た。

酒をくすねて来ると言っていたから、器に一杯ずつ持って来るものと思っていたが、彼はそこそこ大きな桶に酒を並々と運んで来てくれた。

木の器は二つあり、桶の中のクヴァスにぷかぷかと浮かんでいる。

「――蔵に忍び込んだ所でベリンダに見つかっちまってよう、後で合流するから先に酒を持ってけって桶ごと渡されたぜえ」

過去一番のご陽気な面持ちだった。

これだけでどれ程の酒好きか分かってしまう。

「あはは、まさかこんなに持って来てくれるとは思って無かったですよ」

重そうな酒桶を運ぶのを手伝おうと歩み寄ったが、ドッズはおれからの助けは得ずにそのままのしのしと進み鳥小屋の裏手へと回り込んだ。


「この裏に焼き場があるんだ。肉だけじゃ無くてな、魚も俺が焼く時があるんだよな。獲物が大物の時は、女よりも男が焼いた方が色々と都合がいいからよう」

焼き場と聞き、集落長の家の様に釜戸が幾つか並んでいるのかと思っていたが、鳥小屋の裏手側は一見そう言った設備は無い様に見えた。

所々切り株が残っており、森を切り拓いた土地なのは目に明らかだ。

これからキャンプみたいにコンロを設置したりするのだろうか?

ドッズは比較的大きな切り株の上に酒桶を置き、そのまま手酌で喉を潤していた。

「ああ、今年のクヴァスも旨いなあ。ほら、リョウスケも突っ立って無いで飲め、飲め」

「ありがとうございます。ところでドッズ?肉は何処で焼くんですか?」

話し掛けつつ、おれもまずは一杯手酌でクヴァスを頂いた。

これで三日連続頂いているが、独特な癖のある味わいは飲めば飲むほど旨味を感じ温さも気にならなくなっていた。


「肉を焼くのはそこの岩の上だ。魔方陣が描いてあるだろう?」

そう言われて視線を落とすと、座るのに適当そうな平らな岩の上に魔方陣が描いてあった。

地面から五十センチほどの高さで、上面は不自然に平らで半径三十センチほどの面積がある。

その上面を削って魔方陣が描いてある訳だが、それほど複雑な感じでは無かった。

火属性、吸収、放出など肉を焼くに適してそうな文字が幾つも散見される。

「おお、凄い。要するに魔法を発動させて肉を焼くってことですか?」

「そうだ。魔力制御で火を起こして火力の調整も出来るんだぜ。なんでもこの岩は属性石と同じ種類の岩らしくてよ、魔力を吸収しやすいらしいんだよな」

「これはドッズが作ったんですか?それとも昔からこの場所に?」

「いや、これはな……森林戦争時にルーファスの部隊が駐屯してる時に作って貰ったんだ。兵士の中に腕の良い石工職人がいてよう、そいつが上面を綺麗に削ってくれてな。魔方陣はルーファスが考えて、それを削り込んだのも同じ石工だ。太陽が出てる時は火属性の魔力を吸収し続けてるから、ほぼ無制限に使い放題の優れ物なんだよ」

ドッズがそう言うと、岩の上面一杯に描かれた魔方陣から火が出た。

初見のおれの為に火力を大小調節して見せてくれる。


「これって魔方陣を使っているから、魔力制御では無くて精霊魔法ってことですよね?森林魔法になるんですか?」

「うーん、これは厳密にいうと火属性の精霊魔法になるんだろうな。ただ、これと全く同じ魔方陣をな、例えばその辺の地面とか普通の岩とかに描いてもこれと同じ様にはならないぜ?魔力を吸収するこの岩じゃねえと発動しない、限定的な精霊魔法ってところか」

これを聞くと精霊魔法は魔方陣次第で様々な活用方法があるみたいだ。

戦闘とか戦争だけじゃなくて、生活とか工事現場で使える様な精霊魔法もあって然るべきだと思う。

「では、精霊魔法なので、ある程度魔法の心得がある人じゃ無いと扱えないってことですよね、この焼き場は……?」

そう尋ねると、ドッズは手にしていた酒をを一気に飲み干しニンマリと笑みを浮かべた。

「いやいや、それがな?この焼き場の魔方陣はある程度魔力制御が出来たら発動出来る様になってやがんだよ。これはルーファス大先生の偉大な発明のひとつなんだぜ?魔法の修行をしなくても火属性の精霊魔法が使えるんだからな、正しく精霊魔法の革新とも言える大発明だ!」

この熱くなり様を見る限り、この人は猟師であり魔法使いでもあるんだなと思い知る。

そして色々と口悪く言う事があるけれど、基本的にルーファスの事が好きなんだろうな、とも。


「要するに釜戸で属性石を上手に扱える人ならこの魔方陣を発動出来るという事ですか?例えば、ベリンダやソフィアなら可能か?ということなんですけど」

「ああ、ベリンダはこの焼き場を良く使うからな。ソフィアは問題無く使えると思うが……あの娘は料理は疎か家事のひとつも出来んからなあ。その代わりロッタは使えるぞ。あの小僧は飲み込みが早いから、軽く説明をしたら直ぐに使える様になりおった」

たしかロッタ少年はソフィアの父親やルーファスからもその才能を認められていた筈だ。

「ロッタは神聖魔法も精霊魔法も才能があって、今はどちらも勉強してると聞きましたよ」

「以前、ロッタについてはルーファスと話した事があってな。あの小僧の魔法の才能は今の世代で五本の指に入ると、ルーファスは評していた」

「それは凄いですね!まさかそこまでの才能があるとは……」

思わず、ソフィアのお世話係をさせておくのは勿体ないのでは?と言いそうになったが、旨い酒を飲んでいるのでネガティブな発言は止める事にした。

「ルーファスはよう、もう少し自分の年が若ければ正式に弟子として魔法を教えていたって話してたぜ。俺もこの小僧になら森林魔法を教えてえなあって思ったしな。まあ、でも今のまま育てば神聖魔法の道を歩むんだろうよ。ソフィアの親父のライザールからも好かれてるって話しだからよう。よし、じゃあそろそろ肉を焼くか。ちょっとコレ持っててくれ」

唐突にロッタの話しを打ち切り、ドッズはおれに酒の器を手渡すと鳥小屋の中へと入って行った。

会話をしてる間中、焼き場の火を点けっぱなしにしていたので、何かしら状況が整ったタイミングだったのかも知れないけれど……彼らしい唐突さに思わず笑みが零れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る