第5話:人に歴史あり
「――では、森林戦争後は五年くらい国境沿いに居て、その次に宮廷で森林魔法の研究をして……それからこの集落へ帰郷して猟師になったってことですか?」
手の早いドッズは既に後ろ足の肉を切り捌き終えていた。
いつの間にやらコールが広葉樹の大きな葉を何枚も用意しており、二人がかりで肉を包み始める。
「いやいや、宮廷に居たのは三、四年だったからな。その後は二年間くらいサリイズ王国内を旅して、それからトリス街まで戻って来たんだ。集落を出てから十年以上親父と連絡を取って無かったから、直接集落には戻り難くくてなあ。行商らから得た情報で、親父の生存確認は取れていたんだがよう」
そう語りつつ葉に包んだ肉を重ねて、今度は布で包んでゆく。
二人とも実に手慣れた作業なので、常日頃から近隣の集落へ食材運びをしているのだろう。
「戦後から五年、四年、二年で……十年以上かあ。確かにその間音沙汰無しなら帰り難いかも。それで結局その後はトリス街に滞在してたんですか?」
「ああ、そうだ。冒険者やらなんやらで日銭を稼いで、その日暮らしの生活を送っていた。幸いトリス街には知り合いが多くいたから、仕事に困る事は無くてな。割のいい仕事だけを請け負って、金を稼いだら暫く自堕落な生活を送り、金が尽きたらまた割のいい仕事を探した。自分自身、真面目だけが取り柄だと思っていたけどな、人間は切っ掛けひとつで何処までも堕ちてゆくって、身を以って思い知った訳だ、俺は――」
人に歴史ありとは正にこの事だ。
宮廷で研究者として仕事をしていた事を考えると、トリス街での生活は自暴自棄に陥っていたのかも知れない。
この集落からトリス街までは徒歩で一日半の距離だと聞いたが、当時のドッズからすれば無限にも等しい距離を感じていた事だろう。
「でも、結局は自由気儘な生活を捨てて、この集落へ戻って来たって事ですよね?覚悟を決めて親父さんに会いに?」
「いや、結局俺は親父と再び顔を合わす事は無かった。風の噂で親父が死んだって聞いてな、それから漸く集落へ戻って来たんだ。夜通し駆けて息せき切って帰って来た訳だが、戻って来るのが遅えってよ、当時の集落長にぶん殴られてなあ……あの時の情けなさと痛みは今でも忘れられねえんだ」
これもまた嘘が無いと感じた。
ありのままの心の吐露というべきか。
今ふと思った事だが、もしかしたらギフト【言語理解】には、発言の真偽を図る能力が含まれているかもしれない。
感覚的に言葉を通じて相手の心情が読める様な特殊能力が備わっているのでは?
都合の良い解釈だとは思うが、伝説級のギフトなのだからそのぐらいの付加価値があってもいい様な気はする。
ドッズの話は二十年も前のことだ。
自堕落な生活をして親の死に目に会えなかった事に関しては、色々と思うところはあるが、それをおれが今更どうこう言うべきでは無い。
訳も分からず異世界転移をしてるおれ自身が親の死に目に会えそうにない状況なので、むしろこれからどう生きるべきか突き付けられている様な感覚があった。
ドッズはこちらが中々言葉を出せ無いでいたので気を遣ってくれたのか「よし、これで準備良しだ!」と張りのある声を上げ、布に包んだ肉を手に取りコールへと手渡した。
「コール?お前の分の肉も包んでおいたからな、今日は向こうの集落で食って泊って来い。ギルには俺から伝えてやるから」
なんとも粋な計らいだった。
それを聞いたコールは顔を綻ばせ「はい、分かりました!行ってきます!」と、今まで一番元気な声を出して鳥小屋を後にした。
コールが居なくなり、ドッズは鉈を綺麗に拭き上げると次は作業台の掃除を始めた。
「――コールのやつ、早くルカに会いた過ぎてそわそわしてやがったな。まあ、若い男はアレが普通だけどな。それに比べるとお前は変なやつだな。こんなジジイの昔話なんか聞いて楽しいのかよ?」
それは勿論おれだってむさ苦しい話よりも、色恋トークや下ネタの方が楽しいに決まっている。
けれどドッズの様に色々と荒波を乗り越えて来てる男の話は、興味深く聞くに値する価値があると思うのだ。
「おれは色々な話が聞きたい。国境沿いの砦や宮廷の話も、トリス街で自堕落な生活をしてた時の事も、色々と。本当は酒でも酌み交わしながらが一番いいんですけどね」
そう言い、おれは酒を飲むジェスチャーをした。
この万国……万世界共通の仕草を見てドッズは舌なめずりをして頬を緩ませていた。
「まあ、あとは肉を焼くだけだからよ、酒でも飲みながらのんびりやるか。ちょっと待ってろ。集落長の家から酒をくすねて来てやる――」
そう言い残すと、ドッズは小走りで鳥小屋から出て行ってしまった。
酒の話しが出てからは、コールと同じ様にそわそわとしていたので、その見た目通りかなりの酒好きなのだと思う。
ここまで話した感じ、ドッズは過去を包み隠さず打ち明ける事で、心の整理をつけている人の様な印象を受けた。
過去の栄光だけでなく、酸いも甘いも様々な感情と共に織り込んで話してくれた事はとても好印象だったし、今後も仲良く出来たら良いと素直に思えた。
さて、鳥小屋に一人残されると、間仕切りの向こう側にいる鳥たちの様子が気になり脅かさない様に近付いてみた。
全部で六……いや、七羽か。
ウズラの様に丸みを帯びた鳥が三羽と、それよりも一回り大きな品種が三羽。
残りの一羽はスズメくらいの小鳥だった。
昨日のナマズは若干毒々しい外見をしていたが、鳥の方は元居た世界でも見かける様な形と色合いだ。
ファンタジー世界だから足が三本あったり、尻尾が蛇だったりするかも知れないと思ったけれど、そこまでの変異はいないのだろうか?
そもそもイセリア人は丸っきり西洋人と変わりない外見だし、森林で生い茂る樹木も見た目には元居た世界のものと変わりないので、生物の生態系に関してはそこまでの差異が生まれない様な気がする。
元居た世界と明らかに違うのは、マナと呼ばれる自然界に溢れる魔力の存在と、魔法を使える者がいるという事だ。
魔獣とか霊的な存在に関しては、マナの影響により発生してるのでは?と現状は思わざるを得ない。
魔法に関しては、おれ自身が使える様になれば解明の糸口が掴めると思うが、現状は魔法を扱える人達から話しを聞いて情報を揃えて精査するしかない。
折角のファンタジー世界なのだから、派手な魔法のひとつでも使える様になりたいものだが、今の所その前兆は……殆ど無いに等しい様な気がする。
その前兆ににおれが気が付いて無いだけかも知れないけれど。
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