第4話:戦後のドッズ

少し空気を読んでみて、このまま戦争の話をこちらから一方的に聞き出すのは良くないかと思った。

ドッズが自発的に話してくれる分には問題無いが、余所者やまだ若いコールには聞かせたくない話もあるだろうから。

しかしドッズへの興味は尽きないので、戦後について尋ねることにした。


「――戦時中に王国軍に入って、戦争が終わってからはどうしてたんですか?」

彼は先程、この集落へ戻って来たのは二十年前と言っていたので、戦後十五年くらい何処かで何かをしていたはず。

気が付くと、少し丁寧な口調になっていた。

年齢も経験も大先輩にあたるので、敬意を払って当然の相手だから言葉遣いは丁寧に越したことは無い。

話題に関しては、ずけずけと過去を聞き出すのは不躾にあたるかも知れないが、それを気にしすぎて当たり障りの無い会話ばかりでは、ギフト【言語理解】を授かった意味が無いと感じていた。

「戦後も暫くは王国軍に在籍したんだ。軍兵は戦後復興に当たると聞いていたからな。しかし、王都で報酬を受け取り束の間の休暇を楽しんだ後に配属されたのは……東部国境沿いの山間にある砦だった。サリィズ王国は昔から東の大国ロンヴァルと敵対関係にあってな。要するに戦後何をやっていたのか?と問われれば、また戦争をしてたさ、と答えるしかない」

ドッズは口許に笑みを湛えながら笑い話の様に話してくれていたが、とてもじゃないが笑える話では無かった。

「その国境沿いの砦に配属されて、武器を手に敵兵と戦う日々だったってことですか?」

「うーん、そう言う日々もあったけどな、俺は基本的に工兵扱いだったんだ。砦は山林を切り拓いて建てられてあったからよ、初めは砦や物見櫓の補修とかを任されたが、俺の素性が知れて来ると食糧調達も任される様になった。あの頃は明るい内は工兵として働き、夜になったら猟師となり獣を狩っていたな。二、三日ぶっ通しで働いて意識を失うことなんざ、ざらにあったぜ。まあ、それは俺だけに限った事じゃあねえんだけどよ」

そしてドッズはガハハと笑う。

時として人は過去を大袈裟に語るものだが、この人の言葉には真実味があった。


「凄い経験をしてますね。それで今現在は、その国境線と言うか山間の砦はどちらの領土にあるんですか?」

「今もサリィズ王国領だ。この話は過去に商人のドナルドにもした事があってな、それ以来アイツは気を利かせて砦や東部国境の情報を仕入れて来てくれる様になってよ」

「それで、今も尚ロンヴァルとは交戦状態に?」

「いや、それがな……俺が砦に配属されてから五年くらい経って、ロンヴァルの方でもお家騒動があったんだ。それ以来は年に数回小競り合いが起きる程度になって、それは今でも変わらねえらしい」

その今の情報はドナルドからもたらされているという事か。

あの若い商人は何処か只者では無さそうな雰囲気があったけれど、こういう抜け目なさを持ち合わしているみたいだ。

商人としてはだからこそ信用に値するし、贔屓にしたくなるのが道理なのだろう。

「比較的平和になってから、その後も国境沿いの砦にいたんですか?」

「いや、それがな?その時分にお偉い貴族様の国境視察があってよ、それに宮廷魔法使いになったルーファスが同行してたんだよ。俺は何も聞かされて無くてな、砦に来たルーファスと偶然鉢合わせてよ……あの野郎は俺の顔を見るなり、ここはこれから暇になるからドッズは宮廷に来て私の仕事を手伝えって、平然と言い出しやがったんだ!これは後から知ったんだけどよ、森林戦争後に俺を国境沿いに送り込んだはルーファスの指示だったらしいんだよな!俺の事を、色々と役に立つから使い勝手が良いとかなんとか、適当な事ばかり言いやがってよう!あの野郎だけは死ぬ前に一度ぶん殴ってやらねえと、俺は死んでも死にきれねえよ!」

拳を振り上げ顔を真っ赤にしたドッズはそう言い放つと、ガハハハと高笑いをあげた。

深刻な戦争の話から一転、自分の苦境を言葉巧みに面白おかしく笑い話にするとかまるで芸人並みの話術だ。


「あははは……あのご老体をドッズがぶん殴ったら、ぽっくり逝っちゃうでしょ。あの、もしかしてルーファスは最初から計算ずくだったという事ですか?宮廷での地位を確立してから、気心の知れたドッズを宮廷に招いて仕事を手伝わすつもりだったとか?」

一般の民を宮廷に招くとなると特別な能力や素養を有するか、ある程度の国家への貢献が必要な気もするし。

ドッズの場合は森林戦争と国境沿いでの活躍でそれに値する貢献となる、とか。

「いやいや、あの野郎はそこまで計算して無いと思うぞ?砦で俺と出くわした時も、驚いてたしな。なんとなく顔を覚えてた程度で名前は覚えて無かったんじゃねえかな?俺が名乗るまではキミって呼んでたからよ」

「でも、ちゃんと活躍を認めて宮廷へ連れて行ってくれたのでしょう?それで、宮廷ではどんな仕事をしていたんですか?」

「あの大魔導師様が俺の活躍を認めてかどうかは分からんがなあ。宮廷ではルーファスの客人扱いで、罠の研究開発をしてたな。獣用の罠を対人用に改良する研究だ。元々は森林戦争で森の民が使っていた技術でな、これには流石のルーファスも度々辛酸を舐めさせられた訳だ。それでアイツは独自に研究してたみたいだが、思う様に捗らなくて……それで俺に声を掛けたんだよ」

ドッズの一族は森の民から罠狩りを習っているから打ってつけと言う訳だ。

それを考えるとルーファスの事だから、まずは自力で研究開発してみたかった可能性があるな。


「今更ですけど、森の民から習った狩り用の罠とは、落とし穴とか物理的なモノでは無くて、魔力とか魔法的な罠だったりしますか?」

ルーファスが宮廷魔法使いとして研究するなら後者の方が妥当だろうと思った。

この話を聞くまでは、ドッズの風貌からして泥臭い罠を張っていると勝手に印象付けてしまっていた。

「比較的大きな木の幹に魔方陣を刻んでな、獣が近寄ったらそれが発動して捉える。色々な罠があるが、俺が使うのは強い衝撃を与えて獣を仮死状態にさせるやつだ」

「へえ、木の幹に魔方陣を。え?という事は……ドッズは魔法が使えるってことですか?」

「まあ、一応魔法使いの端くれになるのかもな。純粋な精霊魔法じゃあ無いんだけどよ。ルーファスが森林魔法って名付けてからは、そう呼ばれるのが一般的になったな。森の民から伝来した魔方陣を用いる魔法や術の総称を森林魔法としたんだ」

要するにルーファスは森の民から伝来した魔法文化を明確に体系化したと言う事か。

今まで森林魔法の話題が無かったのは、精霊魔法の一部として一括りになっているからだと思う。

魔方陣を以って魔法を発動するのが精霊魔法の定義だとすれば、その体系下には森林魔法以外にも土着や小民族が使う魔法などもあるかも知れない。

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