第3話:森の案内役

「ルカはな、集落長の下の娘だ。上の娘はキリと言う。二人とも器量よしで働き者でなあ、この地方では有名な美人姉妹なんだ」

恥ずかしがるコールを尻目にドッズがさらりと紹介を済ませてくれた。

そう言われてみると集落長が娘の話をしていた記憶がある。

確か、おれの嫁にどうか?と言う話になって、ルーファスに叱責されていた。

そんな話をしつつ裏では娘たちを集落から退避させていたと考えると、あの穏和で人の良さそうな集落長も中々したたかな人物だ。

「へえ、そんな美人姉妹がいるなら是非お目に掛かりたかったけど、流石にコールに着いては行けないよな。おれから退避してるのに、どのツラ下げて行くのかって話だし」

ブラックジョーク的に含み笑いを込めて言ってみると、コールは眉を寄せ困り顔だったがドッズは手を叩いてガハハハと高笑いをあげていた。


「まあ、今回の所は諦めるこったな。けど心配する事はないぞ?若く美しい娘なら王都やトリス街に行けば幾らでもいるからな。リョウスケはササラ人だが、それだけ流暢にイセリアの言葉が使えれば良い出逢いは自ずと訪れるだろうよ。引く手数多で女に困らなくなったら俺にも紹介してくれ」

本当にドッズは気の良いオヤジで助かる。

一緒に街の酒場に繰り出したら楽しい時を過ごせそうだ。

そして場を盛り上げながら肉切りもサクサクと進めていた。

馬鹿話をしながらも、一切迷いの無いなた捌きには目を見張る。

「良い出逢いがあれば嬉しいけど、おれの場合はまず金を稼げる様にならないとね。いつまでもルーファスの脛齧すねかじりじゃあ格好つかないし」

「お前の場合は、そうだな……まあ一番稼げるのは宮廷に入って通訳の仕事を請け負う事だろうなあ。料理の腕があれば王都に店を出すのも有りだとは思うが、ササラ人が料理屋を営むのは中々難しいぞ?」

「うん、それは確かにね。アランとギルからも色々と話をきいたからさ、今の所は飲食店を本業にとは考えて無いよ。それに、いくらか知識はあっても腕はそれほど無いから、おれは。しかし、まあ、そうか……通訳はそれこそ天職だよなあ。宮廷に雇って貰えればだけどさ」

「そんなもんはルーファスの脛を齧ればいいじゃあねえか。あんな大物と知り合える機会なんてそうそうあるものじゃないからな。俺なら一財産築くまでは世話になるわな、お前と同じ境遇であれば」


昨夜、サイラスらとの話が脳裏に浮かび上がる。

彼やソフィアはおれに対して、出資をするから王都で店を構えればいいと提案してくれていた。

しかし実際のところ、この国でのササラ人の扱われ方を鑑みれば、どの様な仕事であれ王都での出店はかなりハードルが高そうだ。

ササラ人でも行動制限の無い港町でなら無理な話では無いかも知れないけれど。

「一財産築くまでか……確かにそれはごもっとも。ところで、ドッズは若い頃からずっとこの集落で猟師をしてるのかい?」

「猟師だけで生活してるのは……ここ二十年くらいだ。正確には二十……二年になるのか。若い頃に集落を出て戻って来てからだからな」

話しながらドッズは腹肉を全て切り終えてしまった。

彼は血肉にまみれた鉈や作業台を掃除し始め、コールは切り終えた肉を布に包んでいた。

自分だけ何も作業しないのは心苦しかったが、二人とも流れる様な仕事ぶりなので入り込む余地は無かった。

ただ見てるだけなのは心苦しいが下手に手出しも出来ないので、ドッズの様子を見つつ改めて語り掛けてみる事に――。


「確かギルも若い頃に一度集落を出て戻って来たって言ってたけど、こう言った集落の若者は一度は集落を出るものなの?」

「ん?いや、皆がみんな出る訳じゃあねえけどな。俺が若い頃にこの辺りは森林戦争で王国軍の拠点になったんだ。停戦協定締結がちょうど三十五年前で、俺は二十の年を迎えたころだった」

「では、その森林戦争が切っ掛けで集落を出る事に?」

「いや、まあ、切っ掛けと言えばそうなんだが……ちょっと待てよ。おい、コール?次は後ろ足を台に乗せてくれ。先に届けて貰う肉を切っちまうわ」

話しが長くなるのか、ドッズは途切れた作業を再開した。

鬱陶しそうな顔がちらりとでも見えたら少し大人しくしようと思っていたが、彼の表情を見る限りそう言う雰囲気は無かった。

髪も鬚ももじゃもじゃで掴み難い表情だけれど。

そして鹿の後ろ足を切り始めてから暫くして――。


「――俺はガキの頃から親父に着いて年がら年中森に入ってたからよ、十代の半ば頃には猟師として独り立ちしてたんだよな。親父は飲んだくれだったが猟師としての腕は見事なものでな、その腕を買われて王国軍から金を貰って森の中を案内しててよ。いや、戦争で森の獣が殆どいなくなって、王国軍の小間使いをやらねえと食うに困ったと言うべきか……親父の性分からすれば戦争なんかに加担したくは無かっただろうからよ」

昔を振り返りつつの作業だからか、腹肉を切り捌いていた時よりもゆっくりとした動きだった。

「王国軍に入った訳では無くて、森の案内役として……結果的に戦争に関わる事になったってこと?」

「俺は結果的には王国軍に入ったんだ。森林戦争の終盤……最後の一年くらいか。仲良くなった兵士たちから武器の扱い方は習っていたしな。数年間森の案内をしていたから、指揮官とも顔見知りで幾度と無く誘われて。一応親父に相談したら、お前の好きにしろって言われてよ、それで決断に至った訳だが……」

「王国軍に入ったら、小遣い稼ぎじゃなくてしっかりとした収入が得られる様になったってこと、だよね?」

「正式に報酬を得たのは停戦後だけどな。俺は幸か不幸かルーファスが指揮する部隊に配属されたから、驚くほどの額を貰えたんだ」

その時点でドッズとルーファスは知り合っていたという事か。

それ以来三十五年を経ても同じ集落に居るのだから、この二人の関係性は良好と見るべきだろう。

しかし、ルーファスの部隊への配属を幸か不幸かと形容した点に関しては少し引っ掛かりを覚えた。

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