第2話:なぜ、なぜ、なぜ

「――コールとドッズはさ、おれの事が怖くないのかい?」

ふと、口から突いて出てしまった。

そう言ったネガティブな発言はしないでおこうと思っていたが、この問題は思いの外ストレスとなっておれの心を圧迫してるみたいだ。

これに関してまず口を開いたのはコールだった。

「僕はもう怖さは無くなりましたね。けど、最初は少なからずありましたよ。ササラ人は見るのも初めてでしたから」

そう言うとコールは涼やかな笑みを零した。

まだ線が細く少年然とした面持ちだが、大人になれば男前になりそうな顔立ち。

優しすぎて女性のワガママに振り回されそうなタイプだけど……このままギルの下で修業を積めば一角の人物になるかも知れない。

心根が優しすぎるが剣の才能はあると師匠から認められていたし。


「そうか……それってさ、今集落から退避してる人たちもコールと同じで、ササラ人自体見た事が無いのかな?」

内陸部に位置する集落だからあり得ない話では無い。

現状ササラ人の行動範囲が限られた港町だけらしいから、見た事もない異民族を警戒するのは当然の話だ。

「うーん、大人の人は分からないですけど、子供たちは見た事無いと思いますよ。リョウスケと少し言葉を交わせば、恐怖心は無くなると思いますけどね」

コールは気遣いの人だとは思うが、今の言葉はそのまま受け取ることにした。

しかし出会った当初、言葉を交わすまでは恐怖を感じていたのは確かなので、これは一般心理として受け止めておく必要がある。

「ありがとう、コール。では、ドッズは……おれのことはどんな風に見てますか?」

他人に自分の人物評を直接聞くのはなんとも妙な心持ちだったが、彼くらいの年代の方からも是非忌憚の無い意見を聞かせて欲しかった。


ドッズは腕を組みおれの事を見ている。

知らずに街中で会っていたら……こちらから声を掛ける事は無いであろう風貌だ。

要するに、相手側だけでなくおれの方こそ出会う人々に対して恐れを抱いているので、集落から退避してる人たちの気持ちも痛いほど分かってしまうのが現状だった。

「不思議さはあっても、怖さはそれ程ない。全く無い訳では無いが、逃げ出したり警戒するほどの怖さでは無いな。集落から退避してる奴らも、リョウスケ個人に恐怖を抱いてると言うよりか、集落の慣習や掟に従っているだけの者もいる筈だ。しかしな、これは気にしすぎても仕方のない事だと思うぞ?例えば俺が単身ササラの国の片田舎の小さな集落に突然乗り込んだとしたら、お前と同様に怖がられ警戒されるだろうからな。だからお前だけが特別に、と言う考えは捨てるべきじゃないか?呪うとすれば他人や己自身では無くその境遇を、だな」

ドッズはこちらを諭そうとする感じは無く、淡々と己の考えを語ってくれた。

何をするにしてもブレブレなおれとは違い、彼はしっかりとした信念を持っているのだ。

だからこそ、その言葉が痛いほど胸に響く。


それにしてもイセリア人の人々は皆総じて良く相談に応じてくれる。

この集落の人だけでは無く、アランやソフィアも同様なので民族的な特性があるのかも知れない。

コミュニケーションツールが会話と手紙くらいしか無い文明や時代背景では、どの民族であれ会話に重きを置くものと考えるべきか。

「――そうか、確かにドッズの言う通りだ。いや、退避してる集落の人達を悪く言うつもりは無いんだよ。当然恨むつもりも無い。境遇に関しては……恨めしく思うところもあるけれど、この集落での出会いや経験は大切に感じてるよ。今晩も美味しい鹿肉にあり付けそうだしね」

そう気持ちを伝えると、ドッズとコールは温かな笑みを浮かべてくれた。


実際問題、境遇に関しては色々と思うことはある。

なぜ、転移直前の記憶が全く無いのか。

なぜ、着の身着のままあそこで意識を失っていたのか。

なぜ、【言語理解】という特殊なギフトを有しているのか。

なぜ、ササラでは無くイセリア人の文化圏に転移してきたのか。

なぜ、強力な魔法を無効化する能力を秘めているのか。

これら全ては、意図的なのか、偶発的なのか。

そもそもこれは、異世界への転移なのか、ゲームの中へのアクセスなのか。

そしておれは、何か使命を帯びているのか、いないのか……などなど。

深く突き詰めれば、もっと奥の疑問や謎が明るみになるかも知れない。

そしてなにかしらの意図があったり使命を帯びていた場合、その疑問や謎を追求し解き明かすのに助力してくれる存在が、宮廷魔導師ルーファスである可能性は極めて高いと思う。

――と、また夢想に陥りそうになったので、無理やりに意識を現実へと戻すことにした。


「――では、肉を切り分けるぞ」

ドッズは束の間の夢想には気が付かずに作業に取り掛かっていた。

彼は腰にぶら下げた短刀(刃厚のある鉈の様な)を抜き、布で綺麗に拭き上げている。

コールは腹肉の塊を抱えて作業台へと移していた。

二人とも言葉を交わす事なく連携が取れているので、取りあえずは静観を決め込むことにした。

「腹肉は脂がのってるから、若い奴らや働き盛りの男は腹肉ばかり欲しがる。なあ、コールよ?肉を切り終えたら隣りの集落まで届けてやってくれんか?お前の足なら夕暮れ前には戻って来れるだろう?」

ドッズは腹肉を切り分けつつコールに依頼をしていた。

立場や年齢的に命令に近しい依頼だとは思うが、傲慢な感じは無く圧力の無い問い掛けだった。

「はい、大丈夫ですよ、分かりました。ソフィアからの依頼もあるかもしれないので、遅くなりそうだったら今晩は向こうの集落で泊って来ます」とコール。

その口振りからして、若くて足の速い彼は普段からお使い役を買って出ているのだろう。

「おお、すまんな。では、あらかじめお前の分の肉も一緒に持っていけばいい。どうせリョウスケの事を聞かれて簡単には帰してくれんだろうからな。それに……ルカの事も気になっておるのだろう?」

ここで聞き馴染みの無い名前が出て来た。


それで、その名を聞いたコールの反応は――。

「べ、別に僕は、ルカだけ特別にって訳じゃないですよ。いや、それは勿論、色々と話したいですけど……」と、なんとも分かり易い反応だった。

「そのルカって人は女の子なのかい?初めて聞く名前だけど」

おおよその予測は立てつつ、さり気なく尋ねてみるが……コールは顔を真っ赤にして俯いてしまう。

その様子を見てるこちらの方が照れてしまう様な純情さ。

この反応を見て、おれとドッズはオジサン同士で顔を見合わせ頬をゆるゆると緩ませた。

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