第10章:猟師の在り方

第1話:干し肉の作り方

「――血やら臓物はな、穴の中で燃やして土に埋めるんだ。灰になるまで燃やしちまえば浄化はしなくても良いらしいぞ」

猟師ドッズは焼き場へと向かう途中、おれとコールに狩りに関するあれこれを語ってくれた。

集落は全周を丸太柵で囲まれており、焼き場はその丸太柵から外に出た所にあるらしい。

「大量に肉を焼くとな、匂いに釣られて森に棲んでる魔獣が寄って来るからよ、集落の中じゃ焼かないのがこの地方の習わしだな。もっともこの集落はルーファスの結界が張り巡らされてあるから魔獣どころか野兎や野鳥すらも近寄れないがよ」

そう言うとドッズは「ガッハッハッ」と声高らかに笑っていた。

体型は若干ずんぐりむっくりなところが集落長に似ている。

豪胆な雰囲気はギルを彷彿とさせるので、この地方で生まれ育った男とは大体この様な感じなのかも知れない。


丸太柵から外へ出てすぐに小屋があった。

集落にある住居と比べると一回り小さく簡素な造りで、人が生活してる様子は無かった。

「ここは鳥小屋だ。森の中で生け捕りした型の小せえ鳥とか卵を産む雌鳥を入れて置く。獣は育てるのが大変だからよ、型が小せえのは森に逃がしちまうんだ。鳥の世話はコールやロッタに任せきりだけどよ」

そう言いドッズはコールの背中をバンバンと叩きつつ、ガハハハと豪快に笑う。

初見の時から嫌な印象の無い人物だったが、思っていた以上に根明ねあかで取っ付きやすい。

元居た世界で言うところのマタギの様な存在なのだろうか?

武器になりそうな物は腰にぶら下げた短刀くらいだ。

昨日見た時も森から帰って来た所だったと思うが、短刀以外に飛び道具や狩りに使えそうな道具は持って無かった。


「ドッズはどんな狩りをするのかな?その短刀で獣と闘う、とか?」

黙っていても全部自分から話してくれそうな勢いはあったが、取りあえず今一番したい質問を投げ掛けてみた。

「この短刀は捕まえてからしか使わねえな。血抜き、皮剝ぎ、臓物処理、解体をこれ一本で全部やる。狩りは獣も鳥も魚も全部罠でやるんだ。毎日毎日森の中に罠を張り巡らせて、それを見て回る。昨日のナマズも仕掛けた罠に掛かってたヤツだ」

「じゃあその様々な罠が森の民から教わったってヤツなのかな?」

「ああ、まあそう言うこった。森の民は狩りも上手いが、養殖も盛んらしくてなあ。俺の祖先は養殖のやり方も教わったって話だが、難しくて定着しなかったらしい。俺の祖先だからよ、そんな小難しい事が出来る訳がねえ。どうせよう、養殖なんて面倒癖えことしなくても森に入りゃあ獲物はいくらでもいるって放り出したんだろうぜ」

そしてまた、ガハハハとドッズの笑い声が響き渡る。

森の民と名乗るだけあり、狩りはお手の物で養殖も行っているという事は想像していたよりも文化レベルは高そうだ。

今後もこの集落で滞在する事が許されたなら、罠で獣を狩る様子を見せて貰いたいが今の状況を鑑みるに旗色は悪い。

森の民の養殖業の見学なんて夢のまた夢と言った所か。


それを嘆いていても始まらないので、話を先に進める事にした。

「――ところで今日の獲物は何処にあるのかな?」

そう尋ねるとドッズは「肉は小屋の中だ」と言い、おれとコールを招き入れてくれた。

鳥小屋の中は概ね中央部に胸元程の高さの間仕切りがあり、扉側は物置で奥側で数羽の鳥を飼っていた。

おれたちが入って来たので驚いたのか、バサバサと跳ねてはいたが飛び回る事は無かった。

キウイの様に飛ばない品種の可能性もあるが、そのフォルムから見て風切り羽をカットしてる様な感じがする。

小屋の隅に設置してある作業台の上に解体済みの鹿肉が置いてあった。

「これは鹿のもも肉かな?四本あるから前足と後ろ足か……バラ肉とロースはちょっと見分けがつかないな」

そもそもこちらの世界でその部位名が通用するのかどうかも分からない。

牛肉であればバラ肉とロースの見分けくらいはつくが、それが鹿肉となると薄暗い小屋の中での判別は不可能だ。


「その肉の呼び名は分からんが、前足と後ろ足は間違い無い。あとは腹肉と背肉と首回りの肉だな。俺らが好んで食うのは後ろ足と腹肉だ。それ以外は集落の娘らに頼んで干し肉にして貰っている」

ドッズは部位毎に手に取って説明してくれた。

冷凍は出来ないので当日食べる分以外は干し肉にしてしまうのだろう。

「干し肉は薄く切って、塩漬けにして天日干しに?」

「いやいや、この地方では天日干しはしない。薄く切った肉を濃い塩水に丸一日付け込んでな、それを夜間風通しの良い所で干すんだ。日中は小屋の中に入れて、日暮れから日の出前まで外で干すを三、四日繰り返す。季節は雨季夏季よりも乾季冬季の方が仕上がり良い。こんなに大きな鹿を狩るのは今季はこれで最後だ」

実に実践的な情報だった。

干し肉に関しては知識が乏しいので元居た世界と比較は難しいが、ドッズやこの集落で行っている作業は間違いの無い仕事だろうな、という印象があった。

「そうか、確か脂身は干し肉にしても旨く無いって聞いた事がある。それを考えると、腹肉を食べてしまうのは道理にかなっている訳だ」

「ああ、脂身の乾燥は俺も何度か試してみたが、臭みが出るし旨く無い。当日食いきれ無い分は翌日に汁に入れて煮炊きするのが一番だ」

「イセリア人の男は料理をしないって聞いてたけど、ドッズは結構料理してるみたいだね?」

集落の人たちから聞いていた話だ。

思い返してみるとロッタ少年も料理をしていたので、全ての男性に当てはまる事では無いと分かっていたが。

「俺は何日も森の中に入りっぱなしの時もあるからなあ。やりたく無くてもやるしかねえんだ。料理をしてくれる若い女を連れて森の中へ入ったら……そりゃあお前狩りどころじゃねえぞ!」と、言い放ちドッズはガハハと笑う。

なんとも親しみやすく温かい人物なのだろう。

いきなり放り込まれた軽い下ネタにコールは苦笑を浮かべていたが、おれからすれば愉快痛快この上なしだ。

こちらの疑問には真面目に受け答えてくれるし、適度に笑いも挟んでくれるので彼との会話はストレスを全く感じなかった。

それこそ何かその類のギフトの所持者なんだと言われても、すんなりと腑に落ちる程に。

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