第9話:先祖代々この森で

ここでまた一人来訪者があった。

マイルズと同様に挨拶もノックも無くギルの家に入って来たのは、猟師のドッズだ。

「――おお、ここに居たのか、ササラ人!確か名はリョウスケと言ったな?昨晩はお前が作った料理を頂いた。あれは実に旨かった。お前は料理人なのか?」

ドッズは登場するなりおれの前に来てそう話し掛けてきた。

一瞬喧嘩腰なのか?と思う荒々しさがあったが、恐らく彼は誰とでもこういう話し方なのだろう。

身に纏っている毛皮やもじゃもじゃの髪にはまだ木の葉や草が絡まっているので、森から出て来た所なのかもしれない。

「おれは料理人ではないよ。料理をするのは好きだったけどね」

恐らく四十代だとは思うが、伸び放題の髭もあって年齢は不詳。

刃幅の広い短刀を左腰にぶら下げている。

「ほう、そうか。イセリア人の男は殆ど料理をしないからな。ササラ人は男も料理をするんだな?」

少し返答に困る質問だったが、ここは適当に流すべきか……。

「おれがいた地方では男も料理するのが普通だったってだけの話さ」

「ふむ、いや、実はな、俺も自分で料理をするのだ。まあ料理と言っても、俺のは獣の肉を捌いて焼くだけだけどな。昨晩の礼も兼ねて今晩は俺が料理を作ってやる。今から取り掛かるが、一緒に来ないか?この地方の猟師が作る料理を教えてやるから」


これは願っても無いお誘いだった。

今後の先行きについて色々と思い悩む事もあるが、ずっと考え込んでいては心が病んでしまうから息抜きは必要だ。

「ドッズが料理するって事は、大物を仕留めたってことだな?」とギル。

先程までは深刻な表情だったが、ドッズの声を聞き顔を綻ばせていた。

この組み合わせを見るのは初めてだが、雰囲気から見て普段から仲は良さそうだ。

ドッズの方も柔和な表情を浮かべていた。

「ここ数年で一番大きな鹿だ。昨夜罠に掛かったみたいでな、今しがた血抜きを終えて集落まで引っ張って来た所だ」

この様子を見ると昨日はやはり警戒されていたのだろうな、と思う。

今日は狩りの成果が良いので機嫌がいいだけかも知れないが。

「その大きな鹿を森の奥から集落の中まで引き摺って来たってこと?」

「いや、森の中で血抜きを済ませてから屠所としょへ運んで、臓物の処理と皮剝ぎと解体まで済ませる。それから集落の近くまで荷台に乗せて引っ張って来るんだ」

その風貌からして、仕留めた獣をそのまま引き摺って来るような豪快なイメージがあったが、どうやら猟師として適切な仕事をする人物の様だ。


「たしか死後硬直が起きない様に、生きたまま弱らせつつ血抜きをすると……以前聞いた事があったけど」

これこそ本当にネットで読んだ知識しかない。

ジビエ料理が流行っていた時に、その手のサイトが増えて目にしただけの。

「ほう、ササラでも同じ手法で獣を仕留めるのだな。俺の家は昔から代々森で猟師をしてるからな、鳥獣の絞め方は親父から習ったやり方だが……そもそもは祖先が森の民から教わった締め方だと聞いてる」

「え、森の民から?祖先が教わったという事は、森林戦争より以前は森の民との親交があったと言うこと?」

「その祖先が何代前かは分からないが、森林戦争の始まりは百五十年ほど前だから、それよりも前は親交があったのだろう」

敵対してる国家間での争いがあるが、民間レベルでは交友があった可能性は十分にある。

互いに技術を教え合う様な関係性にありながら、それが今は破綻してしまっていると言う事実には胸が締め付けられる思いだ。

これは元居た世界でも歴史を鑑みれば、よくある話で片付けられてしまいそうだけど。


どちらにせよドッズとは腰を据えて話しがしたい。

今後どの様な展開になったとしても、おれは何れこの集落を離れる必要がある。

それを考えると、ドッズとも言葉を交わし親交を深めておくべきだと考えていた。

しかし、話途中でアランを置いて行くのは気が引ける思いがあった。

そんなおれの胸の内を察してくれたのか、アランは「折角の誘いなので行ってみては?」と声を掛けてくれた。

そして更に「私はギルと話さなければならない事がありますので……」と、腰を浮かしていたギルの足止めも果たす。

ギルとしてはドッズに同行したそうな感じだったが、ここまで露骨に釘を刺されるとこの場に残るしかない。

「そうか……じゃあ、おれはドッズと肉を焼きに行くかな」

そう言えばBBQがしたいと思っていたのだ。

おれがこれ以上この場に残ったとて、無駄に無限に話題が広がり続けるだけだから、この辺りが良い引き際ってやつか。

「じゃあコールも一緒に行ってやれ。他の集落へ配るかもしれんしな。俺らの分は集落長の家に頼む。それまでにはアランも歩ける様にはなってると思うしな」

ギルからの提案を受けてドッズは「話が付いたのなら、行くぞ。二人とも着いて来い」と言い残し、一足先に家から出て行ってしまった。


急に巻き込まれてしまったコールは、一瞬あたふたとしていたがドッズに続いて家から出て行った。

おれもコールの後に続こうとしたが、その前に一言挨拶を述べる事にした。

アランもギルもどちらかとは今後も同じ道をゆく事になるかもしれないが、双方ともずっといつまでも一緒に居れる存在では無い。

尽くせる礼節は尽くしておくべきだ。

「すまないね、アランの様子を見に来たのに、色々と無駄話ばかりしてしまって」

「いえいえ、無駄な話はひとつも無かったですよ。リョウスケとの会話はいつも凄く有意義に感じますから」とアラン。

彼は朗らかな笑みを浮かべそう答えてくれた。

清々しく、本当に素晴らしい人物だと思う。

「くくく、まあまた酒でも飲みながら語らおうぜ。ドッズが仕留めて焼いた肉は旨えからよう、今晩も酒が進むこと間違いなしだ!」

そしてギルは、いつも場の空気を盛り上げてくれる。

戦士としても男としても頼り甲斐があり、だからこそアランの様な若い騎士からも慕われるのだろう。

「あははは、それは楽しみだ。じゃあ、また後で――」と、おれはそう言い残しギルの家を後にした。


第9章

若き騎士の苦悩

END

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