第6話:この国の最高権威

「宮廷薬師ライザールは、以前から宮廷騎士団や王国軍兵の基礎鍛錬に神聖格闘術を取り入れてはどうか、と具申していると耳にした事があります」

アランは冷静な口調だった。

普段から気持ちを平静に保つ訓練を行っているのでは?と思う程の変わり様だった。

その具申の件だが、実際にソフィアが御前試合で宮廷騎士を打ち負かした実績があるのなら、彼女の師匠でもあるライザールがアランの言う様な活動を見せてもなんら不思議は無い。

「ライザールがその様に動いているのであれば、宮廷騎士が宮廷薬師に対し師事する事は可能なのかな?」

若い騎士は冷静な口振りだったが、若干遠まわしにも聞こえたので改めて端的に質問を投げ掛けてみた。

「宮廷騎士が格闘術や戦闘術を宮廷薬師から教わると言う点に関して……現状は中々難しいとしか答えられません。また私が個人的にライザールを師事する事も、宮廷騎士団の常識から鑑みると……私は恐らく他の同僚や先輩方から、冷たい目で見られる事でしょう」

「要するにそれは宮廷騎士の誇りや体裁の問題と言うことかな?」

「はい、その解釈で問題無いです。騎士の務めは主の剣槍となり敵を斬り貫きほふる事で、薬師の務めは疲れ倒れている者を癒す事ですから。騎士が薬師から闘いの術を教わるなどあってはならない事なのです」

これはアラン自身の言葉と言うよりは、幼い頃からの騎士教育の賜物と言った所だろうか。

売り言葉に買い言葉で、騎士より強い薬師が存在しても誇りや体裁を気にするのってどうなの?と頭の片隅に思い浮かんではいたが、流石にそれを口から出すのは自重した。


「――その格闘術がウリヤ仕込みってのも問題なんだよなあ。神聖魔法にしても格闘術にしてもイセリア文化圏では敬遠される傾向があるからよう。ライザールが宮廷薬師を務めているのは現国王と親交が深いからだ。先代や先々代の宮廷薬師はヴァース教の司祭が務めてたって聞いたぜ」

ギルは粗野な風貌をしているが、実に良い情報提供をしてくれる男だ。

色々と渡り歩いているだけあり物知りだし、言葉に真実味がある。

風貌はいかつく、悪態はつきまくるが……人は見かけに寄らないを地で行く人物。

「うーん、話だけ聞いてると民族的な差別だけじゃなくて、宗教問題も噛んでいる様な感じがするね。相手の立場を考えると、アランがライザールから格闘術を学ぶのは難しいどころか、現実的には不可能って話か。そうとは知らず安易な提案をしてしまったね、申し訳ない……」

「いやいや、そう気になさらず。近年ウリヤ人はイセリア文化圏でも多く見られる様になりましたが、現在のサリィズ王国では王都、副都、西都への出入りは原則禁止とされてます。高位の冒険者や治癒師などには、王家やそれに準ずる貴族家が特別な出入許可証を発行してるので全く見かけない事はありませんが」

この話題になってアランは明らかに慎重に言葉を選んでいる様に感じた。

それを察してから、おれは自分が自称他称ササラ人であることを思い出すに至った。

民族的な差別という観点では、ウリヤ人と同様にササラ人もあって然るべきだろう。


「あの、おれが言うのもなんだけど……ササラ人も当然王都への立ち入りは厳禁、だよね?」

最早聞くまでも無いが、今後の事も考えて差別、区別、線引きの詳細は把握しておくべきだ。

ただ……イセリア人に囲まれてペラペラとお喋りをする日々を送っているので、自分がササラ人の容姿をしているという自覚はほぼゼロに等しい。

「今更だがよう、ササラ人に関してはウリヤ人より厳しいぜ?王都、副都、西都は勿論内陸部の都市も出入禁止だからよ。サリィズ王国内でササラ人がある程度自由に動けるのは限られた港町だけだ」と、今度はギルが答えてくれた。

それを踏まえると、この集落の人々は良くこの不審者を心優しく受け入れてくれたものだ。

今更ながら目頭が熱くなってきた。

「じゃあ、例えばおれが近隣の街に行きたいって思っても、誰か身分のある人に出入許可証を発行して貰わないと駄目ってこと?え?ちょっと待てよ……限られた港町しか出入り出来ないって事は、今現状おれはこの国の法律を犯しているってこと?」

今度は今更ながら怖くなってきてしまった。

異世界転移だから出入許可証どころか、戸籍も無ければ住民登録も無い。

これが異世界転生であれば生まれ育った民族と地域で身分は保証されると思うが、異世界転移は色々と脱法過ぎてバレて、もし捕まったら累積刑罰で即死刑とかもあり得るのでは?

異端審問官みたいなのに火炙りの刑に処されたり――。


危うくパニックになりそうだったが、そんなおれの内心を察してくれたのかアランが声を掛けてくれた。

「そんなに心配する必要は無いと思いますよ。リョウスケはこの国の最高権威の保護下にあるので、例え国王様であっても貴方の身柄を押さえる事は難しいと思います」

「最高権威ってルーファスのこと?」

「はい、そうです。最古参の宮廷魔導師であり、現国王に用兵術を指南した実績があり、その勇名は国内外に広く轟いてます。現在のヴァース教の司教、司祭の多くはルーファス様を先生と慕う者が多いですし……。その他にも王国軍の兵装の軽量化や、物資の運搬方法の改善、都市開発から治水工事に至るまでその活躍は多岐に渡り、様々な分野で遺憾なく才能を発揮され、エドワード・カールロゴスに次ぐ現代の英雄と呼び声高き傑物です」と、冷静だったアランもいつの間にやら拳を握り締めての熱弁だった。

それを聞かされ今になって思うのは……そんな偉大な人物にそうとは知らず、過去では無く現代の英雄を尋ねてしまった事だ。

いや、まさかその英雄殿が目の前にいるとは思いもよらず。

まあ、あの時の話の流れは未来の英雄を、という感じだったからそこまで気に留める必要は無いが、それにしてもまさかルーファスがそこまで偉大な人物だったとは。

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