第5話:敢えて空気を読まずに

ギルは溜息を吐き、空いている椅子をアランの対面へ引き寄せて腰かけた。

そして口を開き「俺はそんなに気にする必要はねえと思うけどな。徒手に関してソフィアは得意で、アランは不得手だったってだけの話だろう?武器を手にすれば勝っていたのはお前だった筈だ」と、普段通りの野太い声だが若干ボリュームは下げていた。

アランが悔しがる気持ちは分かるが、ギルの言いたい事も理解出来る。

「しかし、いかに不得手とは言え、あれ程の醜態を晒してなんの収穫も無く引き下がる事は、私には出来ません」とアラン。

相変わらず丁寧な口調だが、普段よりも感情の籠った声った。

「いや、だから醜態じゃあねえんだって。それに収穫はあっただろうが。己よりも強い相手と闘うのは、どんな訓練をするよりも価値があるからな」

「それは分かります。しかし余りにも実力差がある場合は、それ程価値がある様に思えません。彼女の強さと私の弱さを、私自身が理解する必要があると思うのです」


これを聞く限りアランは思いのほか吹っ切れている様に感じた。

思いつめてると言うよりは前向きな姿勢で、只々ソフィアとの手合わせの検証がしたいだけの様な気がする。

一方的にどちらかの肩を持つと変な空気になりそうだったので、取りあえずは傍観を決め込もうかと考えていたが……ここはひとつ敢えて空気を読まずに――。

「さっき手合わせを観てた時さ、確かギルはアランの最初の猛攻が決まれば勝てるって言ってたと思うけど、ソフィアを相手にあれ以上の連撃を繰り出すのは難しいものなのかな?アランが最初に仕掛けた時の話なんだけど」

少し白々しすぎただろうか。

みんなの視線が一斉におれへと向けられた。

結果的にアランの肩を持つ事になるので、ギルが気分を害さなければいいが……。

その反応を見る前にアランが口を開く。

「初手の攻撃の際、あれ以上の追撃は難しいと感じました。ソフィアは敢えて隙を作っている様な感じがあり、迂闊な攻撃は止めるべきだと判断した訳ですが」

そして彼はおれに説明をしつつ、横目でギルの事を見ていた。

この場で、技術的な回答が出来るのはギルだけなので、必然と視線はおれからギルへと集まった。


ギルはその熱い視線を一身に受け、溜め息で喉を震わせ吐き大きな舌打ちを鳴らした。

彼は絵に描いた様な悪態をまき散らし、それから続けざまに口を開く。

「くそっ!揃いもそろって物欲しそうな目で見やがる!あのな?言っておくが、俺もソフィアには勝てた試しがねえんだからな?要するにアランだけじゃなくて、俺もソフィアより弱ぇって事だ。って言うか、俺の方がアランよりもあのクソ強え女に、さんざっぱらブチのめされてんだからよ……。まあ、だから、アレだ。対ソフィアに関しては俺の助言なんてアテになんねえぜって事だ!」

これは紛れも無くギルの本音だと感じた。

隣りで彼の大声を浴びると、身体の芯がビリビリと響く。

「ギルがソフィアと手合わせした時も、今朝のアランと同じ様な展開なのかい?」

また空気を読まずに発言してみたら、今回はギルからギロリと睨みつけられた。

彼は左目に眼帯をしているので右目だけだが、それだけでも身がすくみそうな程に恐ろしく見える。


「初めてやった時は、完全に舐めて掛かったからよ、一瞬でヤラレちまった。右手でぶん殴ったところを躱されて……その後の記憶はねえ。それから事ある毎に挑み続けて、最終的には十回くらいは打ち合える様になったが、結局一度も勝てなかったな」

「もう挑むのは止めてしまったと言うことですか?」とアラン。

「ああ、一年ほど前に魔獣狩りで左目をヤラレてよ。まあ、それでも懲りずに挑んでみたが……あからさまに手加減を感じたから、それ以来手合わせはしてねえな」

話しながらギルは左目の眼帯を外してみせた。

魔獣の爪か嘴で突かれたのか、完全に目が潰れてしまっている。

片目を失い遠近感を失くしてしまうのは、戦士としては致命的だ。

おれはその生々しい傷跡を間近で見て息を飲んだが、アランは流れを断ち切らずに話を進めた。

「一度も勝てて無いとは言え、十回も打ち合える様になったという事は、私よりも上手く立ち回れているという事ですよね?」

「何度もやって慣れただけだ。そこに至るまでに色々と工夫はしたけどな。殴るにしろ蹴るにしろ、同じ種類の攻撃ばかりじゃあ全く通じねえからよ。左右、上下と攻撃を散らしたり、殴ると見せかけて蹴りを入れてみたりと……それでソフィアの判断が少しでも遅れれば、流石に隙のひとつも生まれるってものだ」

そこまで話すとギルは外した眼帯を再び装着していた。


「――なるほど、しかしそうやって隙が生じたとしても、こちらには必殺の一撃が無いから勝つのは難しいですよね?運よく拳や蹴りが当たったとしても、彼女には生半可な攻撃は通じない様な気がします」

アランは漸くある程度の納得を得たのか、口許に笑みを浮かべていた。

強者であるギルの体験談を聞き、少し心にゆとりが生まれたのかも知れない。

「結局はソレなんだよな。徒手での必殺の一撃。相手を確実に仕留め切る攻撃を、俺たちは持ってねえからよ。手数足数を増やして隙を見つけても、そこに叩き込む技がねえ。それを習得するには徒手の訓練を一から始めて、日々鍛錬に精を出すしかねえんだよ」

アランの反応を見てギルの表情にも緩みが見えた。

二人の緊迫が緩和して、この中で誰よりも深刻な表情を浮かべていたコールも漸く肩の力を抜く事が出来たみたいだ。

「日々の槍術や剣術の合間に徒手の訓練も取り入れてみようとは思いますが、中途半端な鍛錬では中々上達はしないでしょうね」

それこそギルの様に実戦形式でソフィアに挑み続ける事が出来れば、アランの格闘センスなら上達は早いと思うが、残念ながら彼は王都へ帰還しなければならない……。

と、しかし、ここで一人の人物の名が思い浮かんだ。

顔も声も知らない人物だが、ソフィアに匹敵するであろう徒手の達人が宮廷にはいるじゃないか。


「――あのさ?ソフィアの父親のライザールに師事する事は出来ないのかな?宮廷薬師だから、宮廷に仕えるアランなら会う機会があるのでは?」

全く面識のない人物を推薦するのは若干気が引けるが、アランにとって悪い提案では無い筈だ。

今後ライザールを取り巻く環境は目まぐるしく変化してしまうかも知れないが、格闘術に関して言葉を交わす機会くらいは設けれるのでは?と思いついた訳だが、果たしてどうだろうか――。

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