第4話:願ったり叶ったり

マイルズは咳が収まると、改めてアランへと向き直った。

「――ところで騎士殿はいつまでこの集落に滞在されるのかな?」

おれやギルに話し掛けるよりも、少し丁寧な口振りだ。

一般人からすれば騎士とは敬られる存在だとしても不思議は無い。

皮肉屋のマイルズがあからさまに態度を改めていると、何か裏がありそうに見えてしまうけれど。

「早ければ明日の朝には出立する予定です。遅くとも明後日中には必ず」

アランはそう言い、今度は自分で患部を触診していた。

先程彼は肋骨にひびが入った経験があると言っていたので、自分なりに確認するべき事があるのかも知れない。

「そうか、ではそのあざが消える様子を観察する事は出来ないか……」とマイルズは残念な面持ちだった。

実際怪我の経過観測が出来れば彼からすれば好都合なのは理解出来る。

「では、この痣や痛みが何日で消えたかは記憶しておきます。完治するまでは、その塗り薬を使い続けた方が宜しいか?」

そう言うとアランは、マイルズへ手を伸ばし二枚貝を受け取っていた。

「ああ、出来れば朝起床時と夜就寝前に塗布して欲しい。塗れば塗るほど効くと言う訳では無いが、完治するまで患部には常に塗布されてある状態が望ましい。例えば訓練で汗をかいた後は、汗をしっかりと拭ってから塗布をして欲しいという事なのだが……その怪我でそこまで激しい訓練をするかどうかは、さて置き」


双方の真面目さが垣間見える会話だった。

アランは相手の熱意を酌んでの対応を示していたし、マイルズの真剣さは傍で話を聞いてるだけでも十分に伝わってくる。

「では、ギルの勧めもあるので、この塗り薬を余分に売っては貰えないでしょうか?宮廷へ戻ってから他の騎士にも勧めてみます。我々は怪我の絶えない仕事をしてますので」

このアランからの提案は商機なのでは?と思った。

その薬が宮廷騎士の御用達となれば、それだけで途轍もない宣伝効果がある筈だから。

これを受けたマイルズの反応は……即答しなかったので何か思惑があるのかと思ったが、その表情を見る限り、彼は嬉しさや感動の余り絶句してしまっていたみたいだ。

「――そ、それは願ったり叶ったりと言うか……も、勿論他の騎士の方々の分もご用意致します。では、あの、こちらからも一つ提案しても宜しいか?」

「はい、どうぞ、お聞かせ下さい」

「私は、魔導師ルーファスと薬師ソフィアから習い、この他にも幾つかお勧め出来る薬を製造してます。例に挙げると感冒や胃痛、火傷や切り傷などに効く薬などですが、持ち運びし易い様に包装致しますので、これらも宮廷へ持ち帰り願えませんか?」

興奮の余りか、マイルズの声は少し震えて聞こえた。

話し方も当初よりは幾分へりくだっている。

しかし、しっかりとルーファスとソフィアの名を出しているので、興奮の坩堝るつぼにありながらも、持ち前のしたたかさは見え隠れしていた。


「感冒や火傷などに効く薬ですか……それはこちらとしても願ったり叶ったりですね。分かりました。では、貴方のお勧めを一通りご用意下さい。生憎、この度は手持ちが僅かですので、支払いは……そうですね、後日この傷の経過観測した内容を手紙に認め送りますので、その折で宜しいですか?」

傍目から見ていて、このやり取りは両者WIN-WIN過ぎてニヤニヤが抑えられ無かった。

治癒魔法を極力拒否したい騎士からすれば良く効く薬は重宝するだろうし、片田舎の薬屋からすれば宮廷騎士を顧客に持つことはこれ以上ない名誉であり間違い無く富ももたらす事だろう。

「いや、こちらとしては宮廷騎士の方々に使って頂けて、その上使用感も聞けるのであれば無償で提供させて頂きたいと……」

マイルズの言い分は理解出来る。

これが上手く行けば嘘偽りなく宮廷騎士も使っている薬として売り出す事が可能だからだ。

しかし、それを受けたアランの回答は――。


「その申し出は受けかねます。私はヴィシエ家の騎士ですので、何人なんぴとたりとも施しは受けません」

先程までは落ち込み鬱蒼とした表情だったが、今のアランは騎士然とした立派な態度を示していた。

偉そうな感じでは無くて誇り高き高潔な、と言った振る舞いだ。

「そ、それは失礼しました。では、私が自信をもってお勧め出来る薬を幾つか見繕って、明日の出立時にお持ちいたします」

「ルーファス様は、恐らく日の出頃には出立準備を整えておられる筈なので、薬を受け取るのであれば本日中の方がいいかも知れません。あと、薬が数種類に及ぶのであれば、それぞれに説明書きもつけて頂きたい。薬に関して専門外の私では、使用法に齟齬そごが生じる可能性が多分にありますので」

「分かりました。説明書きは薬師ソフィアと相談し、間違いの無いものを用意致します。それでは、私は諸々の用意がありますので、これにて失礼します――」

マイルズは少し早口でそう告げると、アランに対して僅かにこうべを垂れて足早にギルの家を後にした。

おれやギルとコールには一瞥もくれず、文字通り一目散にと言った感じだった。


「――マイルズはな、トリス街で薬屋の商売に失敗してこの集落へ移住して来たんだ。アイツにしちゃあ珍しく熱くなっていたが、その気持ちは分からなくもねえ」

ギルはそう言い顔をアランへと向けた。

それに釣られて、おれも若き騎士へ視線を向ける。

既にアランの顔から悲壮感は消えていた。

マイルズとの会話の中で騎士としてあるべき姿を取り戻した様だ。

「では、改めて……先程の私とソフィアの闘いについて、ギルの見地を伺いたいです――」

この若い騎士の心情を推し量るのは難しいが、見た目だけでもその切り替えは見事だった。

一回りも年下の彼だが、見習うべき点は多々とある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る