第3話:陰気そうな薬屋

宮廷騎士の地位がどれ程のものか。

そもそもこの世界の中で騎士とはどう言った存在なのだろう?

昨夜の宴の前にアランと軽く話したが、あれだけでは騎士のなんたるかが分かるはずも無い。

記憶にある事と言えば、戦争では王国軍の兵士を率いる指揮官となり、領地へ帰還したら荘園や集落などの管理運営を任される、くらいで。

それだけで考えると、騎士とは文武両道で民衆の模範となるべき優れた人物でなければならない……と思う。

元居た世界の騎士も概ね同じ様な認識だが、それすらも創作物の中の騎士の姿でしかない。

騎士であれ武士であれ忍者であれ傭兵であれ、その存在は元居た世界にも有ったがおれ自身は本物を知る訳では無いので、これらに関して世界のAとBで明確に線引きをする必要性は無い様に思えてきた。

比較するにしても、イギリスの騎士、ドイツの騎士、サリィズ王国の騎士みたいな感じで同列かもしくは同じ括りで考えればいい。

むしろこちらの世界では既に本物と巡り会っているので、最早元居た世界の騎士の方がおれからすればファンタジーと言って過言では無い訳だし……これは笑えないけど笑える話だ。


それはさて置き。

宮廷魔法使いのサイラスとアランを比べると、後者の方が一回りほど年下だがしっかりとしているし、立ち振る舞いも素晴らしい。

いや、別にサイラスが全然駄目と評している訳では無くて、他の集落の人たちと比べても、宮廷騎士アランの優秀さは際立っているのだ。

その優秀な彼が人前で女性に叩きのめされるという事が、一体どれ程の不名誉で屈辱になるのか……今の落ち込んでいる様子を見ると、軽いノリで声を掛けるのは避けるべきか――。


おれとギルがアランに掛けるべきお互い言葉を探している内に、コールは薬の塗布を終えてしまった。

いつまでもダンマリを決め込む訳にもいかないので、取りあえず何か……と口を開き掛けたタイミングで一人の来客があった。

その人物はノックも挨拶も無く、するりと部屋へ入り込みそのままコールの隣りにしゃがみ込む。

黒茶色で癖の強い長髪が印象的な男だった。

すでに二枚貝の塗り薬の匂いが漂っていたが、彼の登場により室内には更にヨモギの様な青臭く苦い匂いも加わった。

いきなりやって来てコールから二枚貝を受け取り、アランの患部も念入りに診ている。

そしてその男は触診をしつつ「――これ肋骨にひびが入って無いか?」と呟いた。

まだ年齢は不詳だったが、掠れ声は少しくぐもって響く。

「えーっと、いや、そこまでの重症では無いと思います。肋骨にひびが入ると呼吸するのも苦痛になりますから。過去に経験があるので、これは間違い無いと思います」とアランは、若干の戸惑いを見せつつも丁寧に明瞭な口調で受け答えていた。

「しかし骨に異常は無いとは言え、朝稽古でここまでの傷負わせるとは。優秀な薬師様のやる事かね?」

そう言うと男は立ち上がり、ギルと向き合った。

釣り目で気の強そうな顔立ちだが、どこか陰気な印象を受ける。

「ソフィアは腕のいい薬師だが、一流の格闘家でもあるからな。どちらが本分かは俺には分からんよ」

ギルと言葉を交わしつつ、その男はおれへと視線を向けてきた。

集落の人間だとは思うが、記憶にある限り初見だった。

集落長の家で会った数名の男衆の中にもいなかったはずだ。


「――ところで、彼がリョウスケなのか?レイラから聞いたが、本当にササラ人なんだな。イセリア人国家の内陸の集落にササラ人とは、確かに不可解だ。サリィズ王国でも港町へ行けば見かけるがな。風体を見る限り、逃げ出した農奴ではなさそうだが……」

明らかに訝しんでいる目付きと口振りだった。

ギルはこの発言を聞き、おれと彼が初見である事に気が付いた様子を見せた。

「ああ、そうかまだ会って無かったんだったな。リョウスケ?コイツはレイラの兄貴のマイルズだ。さっき少し話しただろう?」

話の流れからなんとなく察してはいたが、外見や雰囲気からは……どう見てもレイラの血縁には見えなかった。

容姿の似てない兄弟姉妹なんてそこまで珍しくは無いが、マイルズとレイラは陰と陽と言うか、月とスッポンと言うべきか……ああ、いやそれは流石に言い過ぎだ。

「リョウスケ、です。レイラとはソフィアの家で少し話をしました」

レイラは確か兄マイルズの手伝いをしていると言っていた。

薬屋をしていてこの集落へ移住して来たと記憶にある。

「別に畏まらないでくれよ。私もこの集落では新参者だからな。口も人相も悪いが悪人でも無法者でも無いから。いや、なに、先程ソフィアの家に行ったら、ギルの家で怪我人がいると聞いたので興味本位で駆け付けた次第さ」

マイルズは掠れ声で少し皮肉めいた口調だが、どうやら最初に受けた印象ほど陰気な人物では無いらしい。


「レイラからは薬屋をしてると聞いているけど、マイルズは怪我の診断が出来るのかな?」

「いやいや、全然。あざの色味を見て、これくらいなら何日くらいで治りそうだ、と予想とたてるくらいだよ。本来、薬屋ってのは薬師や魔法使いに依頼された薬草を入手して送り届けるのが仕事だからね。怪我の診断は専門外さ」

その辺に関してはきっちりと線引きがされてあるという事か。

これは恐らく薬師と薬屋の関係性だけでは無くて、他の分野の職業も専門性の高さが求められると認識しておいた方が良いかも知れない。

薬師であるソフィアが、家事仕事を一切しないのは(育ちや人間性の問題もあるとは思うが)この世界における専門職の価値の高さの影響が十分に考えられる。

「では、その予想ではアランの怪我の完治にはどの程度かかりそうなのかな?」

おもむろに問い掛けてみた。

マイルズの能力を図ると言うよりは、彼ともう少し話をしたいと感じていたのだ。

再びおれたちの視線はアランの腹にある赤紫色の痣へと集中した。

「痛みの方は良く分からないが、痣の方は七日、八日も掛からんだろうな。三日も過ぎれば目立たなくなるだろうさ。この若い騎士殿の様にしっかりと訓練を積んでる者は比較的自然治癒能力も優れていると聞くし、この塗り薬の効能も間違い無いから。私やキミの様な痩せガリがソフィアの一撃を喰らえば、絶命必至だがな」

そう言うと、マイルズは「くっくっくっ」と引き笑いをしていたが、喉がつかえたのか咳込んでいた。

確かに自ら言う通り口も人相も悪いが……どうやら本当に悪人では無さそうだ。

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