第2話:二枚貝の塗り薬

小丘を下りギルの家が視界に入った所で、コールの姿が見えた。

彼もおれの事に気が付いたみたいで、小走りで近づいてくる。

「――やあ、コール。今からギルの家に行くところだったんだけど、アランの様子はどう?」

先んじて声を掛けると、コールは苦笑いを浮かべ「取りあえず、意識は戻りましたけど……」と言葉を濁した。

浮かない表情をしていたので、アランの容態は芳しくないのかもしれない。

「それで、コールは何処かに向かう途中なのかい?」

「あ、いや、アランの打ち身が酷いので、ソフィアから塗り薬を貰って来いとギルに頼まれて向かう途中でした」

そうなるとソフィアの読みは的中と言った所か。

「なら丁度良かった。おれはその塗り薬を届けて欲しいって、ソフィアから預かって来たんだよ」

手の平に乗せた二枚貝を見せると、コールは顔を綻ばせた。

「ありがとうございます。そろそろ貰っておかないとって思ってたんですけどね。まさかこんなに激しい朝稽古をするとは思って無かったので」

「普段はギルと二人で朝稽古してるのかな?」

話しながら二枚貝をコールへ手渡した。

彼はすぐに中身を確かめると、塗り薬の色味を確認し鼻先で匂いを嗅いでいた。


「ギルは三日に一度くらい稽古を見てくれます。近隣の集落から若い子たちが来る時もあるので、一人の時もあれば五人くらいでやる時もありますね」

会話をしつつおれたちはギルの家へと足を向けた。

コールは表情も口調も穏やかで、話し始めるとすぐに和やかな雰囲気に包まれる。

「へえ、近隣集落からも朝稽古に。それってギルが守護者を務めてるから、この集落に若者が集まって来るってこと?」

「はい、そうですね。ギルはこの地方では有名人ですからね。冒険者をしていた頃は魔獣狩りで名を馳せていたらしくて、それで今でも慕ってたり憧れてる子は多いんですよ。王国軍の兵士を経て傭兵とか冒険者の経験もあるので、闘い方だけじゃなくて、若い子が知りたい事はなんでも知ってるし、教えてくれるので。まあ、悪い事も教えちゃうから大人たちから怒られる事も結構ありますけどね」

そう言うとコールはまた苦笑いを浮かべていた。

どうしてかおれはその光景を見て無いのに、ありありと目に浮かんでしまう。

良い事も悪い事も教えてくれる兄貴分だからこそ、若い子たちが慕い憧憬を抱くのはどの世界でも同じという事だ。


ギルの家に着くとコールはおれを招き入れてくれた。

スムーズにと言うか、昔からの顔馴染みであるかの様に自然な流れで。

玄関からすぐの部屋で、アランは項垂れ気味に椅子に腰かけていて、ギルはその傍らで腕組みをして気難しそうな表情を浮かべていた。

その様子を見る限り重い空気は察したし、若い騎士は酷く落ち込んでいるみたいだ。

アランは上半身裸で、肋骨の下あたりは早くも赤紫色のあざが浮かび上がっている。

拳大の大きさで見るからに痛々しい。

膝蹴りを喰らった顎にも縦に奔る裂傷が見受けられ、ソフィアの攻撃力の凄まじさを物語っていた。

早速コールはアランの前に片膝をつき、二枚貝の塗り薬を患部に塗り始める。

これは本来であれば回復魔法を掛けて貰った方が良い怪我なのでは?と思った。

ファンタジー世界の塗り薬だから、おれが思うより効能が高い可能性はあるけれど。


どちらが先に声を掛けるか、ギルとおれは軽く視線を重ねてお互いのタイミングを見計らっていたが、その決着がつく前にアランが声をあげた。

「――すまないねコール、迷惑を掛ける」

彼の声は思いのほか明るく響いて聞こえた。

「いえ、全然迷惑では無いです。僕も打ち身が酷い時はこの塗り薬を使ってます。凄く効くんですよね」

コールは相変わらずの穏やかな口調だった。

薬を塗布する手つきも慣れていて手早い。

「その塗り薬は、元々ここに住んでた魔女が大森林で採れる薬草を調合して作ったものでな。それをルーファスが引継ぎ、ソフィアはそれを習って改良を加えてるらしいぜ」

そしてギルは普段通りの大きな声だが、酒の席で聞くよりも若干抑えている様な感じはあった。

ギルはこの場にいる全員に話し掛けている感じがあったので、取りあえず会話を繋げてみることにした。

「関わってる人だけ聞くと、凄く効能のありそうな薬だね?」

元々ここに住んでいた魔女とは、昨日ルーファスとの話にあった魔女なのでは?と興味を引いたが、それに関しては追々ということに……記憶には留めておくべきだけれど。


「効き目は俺も保証するぜ。今はソフィアからマイルズとレイラが作り方を教わっていてな。大量に生産出来る様になったら、ドナルドが買い付けて街で売るって話が付いてるらしいぜ」とギルはアランの様子を伺いつつ、おれの質問を拾ってくれた。

アラン自身が朝稽古を話題にあげるならそれでいいと思ったが、こちらからは無暗に触れない方がいいかもな、と思っていたのだ。

ギルは恐らくおれの意を酌んでくれているのだと思う。

「そのマイルズと言うのは、この集落の人なのかい?」

「ん?ああ、まだ会って無かったか?レイラは分かるのか?」

「レイラは会った事あるよ。たしか薬屋の娘さんとか……まだそこまで話した事は無いけど」

「そのレイラの兄貴だ、マイルズは。アレは剣術やら魔法やらはからっきしだけどよ、薬草とか薬の知識は凄くてな。あの兄妹は元々トリス街の出身でドナルドとは幼馴染みってやつらしいぜ」

明らかにギルは普段より丁寧な受け答えをしてくれている。

それはおれに対する優しさ……と言うよりは、アランの興味を引く様なと言った感じだった。

おれがここに来るまでにギルとアランは既に言葉を交わしていると思うが、歴戦の戦士の声は若い騎士には届かなかったのかもしれない。

アランは礼儀正しい青年だが、若さゆえに先輩からの励ましやアドバイスを受け入れられない事もあるだろうし……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る