第7話:ノームの美徳

「――朝食まだでしょう?ウチに来なさいな、ロッタが用意してくれてるから」

ソフィアは表情も喋り口調もご機嫌そのものだった。

誘いの言葉をおれに掛けると、彼女は一足先に大ケヤキの下から抜け出る。

今の心境を表すかの様に軽やかな足取りだった。

彼女が胸に秘めていた想いや悩みは、おれが感じていたよりも遥かに大きかったという事なのだろう。

今思うと、ライザールは彼女の浮き沈みの激しさを考え具体的な話を躊躇ったのかもしれない。

彼女を取り巻く環境は過去に辛く厳しい面もあったとは思うが、父娘おやこの関係性は健全なのだろうと思い至る。


ソフィアの家に着くと、ロッタ少年が元気良く迎え入れてくれた。

今朝の食事は、ライ麦の黒いパンと質素なスープのみ。

昨夜のナマズ鍋と比べると……当然味気なく感じてしまう。

今は有難く頂戴するが、このまま集落に滞在出来るのなら食事の改善に取り組む事は可能かもしれない。

昨晩の集落の人々の反応を見る限り、元居た世界の料理はこの世界でも十分に通用することだし。

と、食事もそこそこにおれはソフィアの闘い方について話を聞いてみる事にした。

「――ギルから少し神聖格闘術のノーム古式流について話を聞いたけど、さっき観た限り……おれの居た国の格闘技と似ていたから、ソフィアからも話を聞いてみたいと思って」

先程のアランとの手合わせを観て率直に中国拳法に似ていると感じていた。

双方の共通項を見出す事で、神聖格闘術に対する理解も得られるはず。

「あら、そうだったのね。では、例えばどう言った所が似てるのかしら?」

「まずは、構えかな。アランは特に構えてる感じは無かったけど、ソフィアは右手右足を前に出してしっかりと構えを取っていた。途中で左前に構えを切り替えたのも印象的に目に映ったよ」

取りあえずそれっぽい話題を振ってみたが、格闘技経験ゼロのおれの言葉がどれ程彼女に響いてくれるだろうか。

料理に関しては自炊の経験が実を結び昨夜の好評に繋がったが、今回は完全に知識だけで臨む事になる。


「いきなり構えから切り出すという事は、それなりに経験があるのかしら?アランでは無くて、貴方と手合わせするべきだったのかな?」

そう切り替えされ、膝蹴りと強烈な当身を喰らい意識を失ったアランの顔が脳裏を過った。

「あ、いやいや、手合わせはアランで正解だったと思うよ。おれは本当に全く格闘技の経験が無いから。けど、観戦するのは好きだったから色々本を読んだりして勉強はしたよ」

それを考えるとこう言う会話でもファンタジー小説を書くための勉強が役にたつと言う訳か。

学生時代はそれ程勉強が得意では無かったけれど、大人になってから気が付いたのは、好きな分野なら幾らでも勉強が出来るし吸収も早いという事だった。

「貴方って本当に変な人ね。魔法の話をした時も思ったけど、そんなに興味があって熱心に勉強が出来るなら、実際にやってみたいって思わなかったのかしら?」

「たしかに、それはそうなんだけどさ、魔法に関してはおれの国には伝説とか伝承だけで存在して無かったんだよ。格闘技は興味を抱いたのが大人になってからだったから、実際にやってみたいって思うよりも先に観戦に傾倒したって感じかなあ」

元居た世界だと、家に居ながらありとあらゆる格闘技の動画が観れたし、おれとしてはスポーツ観戦の一環でプロレスや空手の鑑賞もしていた。

それぞれのコアなファンからすれば邪道と捉えられる事もあったが、野球もサッカーも好きだったし柔道やボクシングも良く観ていたのだ。

中国拳法に関しては好きな漫画があって、その中に出て来る拳法をネット調べたりする程度だったけれど。


「まあ、確かに闘技場で観客として声援を送るだけの人も大勢いるものね。それで、話を戻すけど……構えについて。私が初めに右前の構えを取ったのはアランが左足を前に出していたからよ。身体の動かし方を観ていて、彼は右利きだと感じたから私は右前で迎え打ってみたの」

彼女の説明を聞き、やはりそう言う意図があったのかと思い気持ちが昂った。

「それは右足を前に出して半身の体勢を取る事で、アランが得意であろう利き手利き足からの攻撃を受けにくくするため?」

「相手の左前に対して、こちらは右前でいた方が軸をずらしやすいから。お互い左前同士だと相手の攻撃を正面から真面に受ける事になるでしょう?ノーム古式流では相手の利き手利き足から離れる方へ身体を捌くのが防御の基本なの。もしアランが左利きだったら、私は左前に構えていたって話ね」

ソフィアはテーブルの上に両手を出し、話に合わせて右前左前と構えてくれていた。

ロッタ少年も食事を終え、ソフィア姉さまの解説に真剣な眼差しで聞き入っている。


「神聖格闘術は基本的に相手の出方を見て、攻撃を受けきってから反撃する感じなのかな?」

もしくはソフィア個人か、ノーム古式流がそう言う流儀なだけかもしれないが。

「相手の攻撃を全て受け捌いてから打倒するのがノームの美徳らしいの。ウリヤ人はノームから多くの文化を継承してるから、ノーム古式流にはその名残が特に多く残っているのよ。この鍛錬着もノーム由来のものだと聞かされているしね」

「もしかしてウリヤ人の文明圏に行けばノームに会えたりするのかな?」

「それね、私もノームに会えるなら会ってみたいって思ってたから、父に聞いた事があるのよ。父は若い頃にウリヤ人の国々を修行の旅で回っていた事があるから。実際、父もノームと巡り会い手合わせをしてみたいと考えてたらしくて……」

こういう話を聞いてしまうと、おれとしてはソフィアの父ライザールに是非会って話してみたいと思ってしまった。

先程のソフィアとのやり取りがあったところなので、その申し出は追々でいいかな、と思っていたけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る