第6話:空を見上げたまま

今になって、見晴らしの良い大ケヤキの下でこの話題を切り出して良かったと思った。

ロッタ少年に聞かれる分には然程問題無いとは思うが、ソフィアの父親に関する話は誰彼構わず聞かれても良いという訳では無いから。

「――要するに、新興の領地管理者の擁立に王家派よりも、他の派閥が躍起になっている、という話よね?そして現実を見れば、王家派よりも他派閥の方が多くの有望な人材が集まり実行力もある、と」

実際に統計データを見た訳では無いので、ここはルーファスの事を信用して話を進めるしかない。

「そう、そして王家派にも有望な人材や資産家はいるけれど、中々手を上げる人物がいない。これは第七次森林戦争が悪影響を及ぼしていると思う。国境から離れた領地でも、森の民やオークとの戦いに駆り出されるだけでは?という印象を与えてしまっている可能性が高いから」

「それは誰しもがそう思うわよ。他の派閥に耳を傾けず王家の威信を懸けて戦争を繰り返したのだから。まあでも、その話を聞いて漸く状況が掴めて来たわ。要するに、私の父は誰かに乗せられた訳では無くて、自らその役を買って出たという事ね?」


宮廷薬師ライザールがどの様な人物なのか。

ルーファスから話を聞いるので大体の人となりは掴めているが、しかしそれに関してはおれよりも彼の娘であるソフィアの方が詳しいに決まっている。

恐らく彼女なら自ら調べ調査する機会に恵まれていれば、自ずと答えを導き出していたとは思うが、如何せんこの集落にいるだけでは情報を集めるにしても限度がある。

まずはルーファスとの関係性を改善すべきでは?と思うが、そこにおれが無理やり介入するのは少し話が違うと思った。

「ルーファスからはそう聞いたよ。王家派としてはソフィアの父ライザールの案件を成功例として世に広め、それを機に巻き返しを図る計画なんだと思う」

「そうであれば、その旨を私には正直に告げてくれても良かったのでは?って思ってしまうけど……」

「あの……これはルーファスから聞いた話では無いし、おれの憶測でしかないんだけどさ?」

「ええ、良いわよ。憶測でいいから話してみて」

「血生臭い派閥間の争いに、可愛い娘を巻き込みたく無かったんじゃないかな?下級貴族とは言え領主の娘となると、政略的に様々な問題から無関係という訳にもいかないだろうからね」


しかもソフィアが領地運営に参入するという事は、確実に戦力として数えられてしまう。

代々貴族や騎士を担ってきた家柄であれば、親も子も覚悟が決まっているかもしれないが、高名で家柄も良いとは言え薬師の親子にそれを強いるのは酷な話だ。

今回に関しては父が娘を想う気持ちが上手く伝わらず、ソフィアの不安感を煽ってしまう結果となってしまった様だが……。

おれの憶測を聞き、ソフィアは溜息を吐き空を見上げた。

大ケヤキの枝葉の隙間から見える空は、薄雲が広がり春らしい陽気だった。

「父はね、凄く厳しい人なの。自分にも他人に対しても。私は父を師と仰ぎ神聖魔法と格闘術を叩き込まれていたから、幼い頃は毎日泣いて過ごしていたもの。私が妾の子だから虐めてるのでは?って本気で悩んでた頃もあるくらいだから」

ソフィアの声は少し震えて耳に響いた。

空を見上げたまま語り掛けてくるのは、涙を堪える為だったのか……。


「愛おしい娘だからこそ厳しく育てるのも親心だし、成長した娘に自由な人生を謳歌して欲しいと思うのも親心だよ」

未婚で子無しのおれの言う親心がどれ程的を射てるものか分からないが、この件に関しては的外れでは無いだろうと思っていた。

「これ以上は……実際に父と向き合って話さなければ分からない事ばかりよね?」

「おれはソフィアの父親と面識が無いし言葉を交わした訳じゃ無いから、真実や真意を知るには直接親子で対話するしか無いと思う」

「そうよね……そうするしかない。今、近隣の集落で出産間際の妊婦さんがいるから、彼女の出産に立ち会ってから、一度王都へ戻って父と直接話をしてくるわ」

ここでソフィアは空からこちらへと顔を向けてくれた。

その瞳に涙は無く、声の震えも消えていた。

「うん、それがいいと思う。直接話して、キミ自身の想いをお父さんに告げた方がいい」

「ねえ、ところで……リョウスケは今後どうするの?」

「えーっと、どうするのって言われても……」

唐突な話題の切り替えだったので少し戸惑ってしまったが、彼女の目を見てなんとなく言いたい事は察した。


「あのね?例えばの話、父が領地を管理運営する事になったとして、私もその協力をするって事になったとするじゃない?」

「あ、うん、はい……」

「そうしたら私ね、貴方を父に紹介したいって考えてるの!私、貴方とだったら上手く付き合えると思うし、父も絶対に気に入ってくれると思うし。なんなら私が王都に行く時に一緒に連れて行ってもいいかもって思ってるし!」

先程までの涙声はどこ吹く風。

まるで求婚を迫られている様な気分になってしまう。

「あの、ちょっと待って欲しいソフィア。キミの提案は魅力的だけど、一応ルーファスとも約束があるから、おれの独断で話を進められない状況なのは理解して欲しい」

「そう、分かったわ。リョウスケの件に関しては父と私で直接ルーファスに掛け合うから」

ああ、ヤバいなこの推進力は。

物理的にも精神的にも非力なおれでは、とてもじゃ無いけど止める事は出来ない。

領地運営をするならこれくらい活力にみなっていて欲しいものだが、まるで川に流れる落ち葉の如く濁流に巻き込まれている己の姿を想像すると……少し身の毛がよだつ思いがした。

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