第5話:稽古後、それから

暫く言葉が出なかった。

ソフィアは大地に伏したアランの傍に片膝をつき、意図も容易く彼の身体を仰向けへとひっくり返した。

そして彼女は自らが打撃した顎と腹部に触れ診察を始める。

その様子を遠巻きに観ていたおれたち三人は、ぞろぞろと連れ歩きアランとソフィアを取り囲んだ。

「しばらく意識は戻らねえだろうな」

ギルはアランの顔を覗き込みそう呟いた。

「手加減はしたけど、久しぶりに手合わせしたから上手く力を制御出来て無かったかもしれない。稽古を怠ったせいで感覚が鈍ってるみたい」

ソフィアはそう言うと、おれたちへ顔を上げ反省の色を見せていた。

彼女の場合は強くなる為というよりか、力を制御する為に稽古をしなければならないみたいだ。


「その……神聖魔法でアランの事を癒したりしてあげないのかい?」

先程から診察はしてるみたいだが、魔法を行使する様子が見えなかったので尋ねてみた。

「うーん、別にこれくらいなら必要ないかな。それに宮廷騎士の人たちって、安易に癒しの魔法を受けるのを嫌う風潮があるから。アランが目覚めて治癒の依頼をしてきたら魔法で癒してあげるけど」

「その治癒魔法を嫌う理由とは?」

森の遺跡からルーファスの家まで裸足で歩いた時に、ズダボロになった足の裏を治癒魔法で癒して貰ったのは、まだ記憶に新しい。

今後も治癒魔法にはお世話になる事もあると思うので、何か正当な嫌気けんき理由があれば知っておくべきだろうと思った。

「治癒魔法って言うのは、個人の自然治癒能力の促進でしか無いからよ。要するに回復力の前借りってこと。考え方としてはお金の借金と同じでね、平時から前借りしすぎると、有事の際に困るかもしれないでしょ?」

「ああ、そう言うことか。理解したよ。もしかして宮廷騎士みたいに誇り高き人たちは、特にそう言う風潮が強いってこと」

「宮廷騎士は戦場で働けなくなるくらいの傷を負わなければ、基本的に治癒を断るって聞いてるわ。私の父はそう言う風潮を嫌って、よく宮廷騎士と喧嘩してたもの」

それを聞かされると、今回アランに治癒魔法を行使しなかったのは正解と思わざる得ない。


「――どちらにせよ、ここでこのまま置いておくのはなんだからよ、アランは俺の家に運ぶか。今朝の稽古はこれで終いだ。行くぞ、コール」

ギルはそう言うと、未だ地面で意識不明のアランを軽々と持ち上げた。

ソフィアはギフトで筋力が強化されていると思うが、ギルの体躯であればギフトやスキルに頼らなくとも自力で為し得てしまえそうだ。

巨躯を誇る大男は成人男性を軽々と抱え上げ、若い弟子を引き連れ帰って行った。

おれとソフィアは彼らの事を見送り、それから大ケヤキの木陰へと移動した。

神聖魔法やノーム古式流の話をしたかったが、彼女とはじっくりと話す機会を設けなければならない。

昨夜ルーファスから聞かされた話を、おれは下手に端折はしょること無く伝えなければ、と考えていた。


「昨日さ、ソフィアが寝てしまってからルーファスと二人で話す機会があったんだよ」

「あ、今朝ロッタから聞いたわ。集落長の家からリョウスケが運んでくれたんでしょう?」

その反応からして全く記憶にないと言ったところだろうか。

サイラスと喧嘩腰で話していた件については……今は止めておこう。

「うん、そうそう。ルーファスもおれに話があるみたいだったから、ソフィアを送り届けてからルーファスの家に行って、ソフィアのお父さんの話を聞いて来たよ」

本来であればシラフで彼女も同伴して話を聞くべきだったと思う。

しかし強気な彼女と頑固な老魔法使いでは如何せん会話の相性が悪すぎるのだ。

些細な事で口論となって、会話が進まないのは目に浮かぶ。

「そうだったのね、ありがとう、リョウスケ。それでルーファスの見解は?」

先程アランと手合わせしていた時の勇壮さは鳴りを潜め、今は父を想い心配する娘へと態度も表情も転じていた。


「まずはルーファスの見解と言うよりも、ソフィアの父親を取り巻く環境の理解から深めなければならないと思う。要するに、派閥の問題と戦後復興による王国の財政難と人材不足の問題がコトを複雑化させてしまっているみたいで……」

おれ自身も昨夜聞いた話を頭の中で必死に整理しつつの説明となる。

憶測が過ぎてはならないけれど、派閥や財政難に関して全てを把握してる訳では無いので、ある程度は補完しなければならないと考えていた。

ソフィアみたいなタイプは、曖昧な情報ばかり提供しても不安が募るばかりだと思うので。

「派閥と王国の財政難と、人材不足?」

「長い戦乱の世を経て、下級貴族と騎士家の若者が多く死に、没落貴族と騎士家断絶が多くて街や村集落、荘園とかを実際に管理運営する人材が乏しいらしい」

「その話は私が王都にいるころには既に宮廷内で話題になっていたけど……」

「それでその不足してる管理者の枠を貴族家や騎士家で無くて、豪族や豪商や豪農とか資産家に領地ごと売却譲渡して人材不足と財政難を一挙に解決してしまおう、と言う政策を王国は打ち出したって話なんだよ」

「それで、私の父はその話に乗ってアードモア公爵から領地を分譲されて、その下級貴族になるって事でしょう?」

宮廷にいた頃にこの手の話題を聞いていたのなら、今まで話した状況は理解出来ている筈だ。


「うん、そうなると思う。ここまでの話で注目すべき点は、この領地分譲の案件が現状は王家派よりも副都派や西都派の方が進んでいることなんだよ。昨夜ルーファスから聞いた話から察するに、王家派が出遅れた理由は第七次森林戦争で多くの人材を失ってしまった事にあると思う。王家主導の森林戦争で被害を被った副都派や西都派は、復興支援を王家派に求めた可能性も大いにあるからね。第七次森林戦争が終結してから三十五年の年月が過ぎているらしいけど、その間も隣国との争いが絶えなければ、王家派の勢力は衰退の一途を辿るしかない。それを横目に副都派は地力を肥し、新興の西都は急伸を続けていたとなると、現状財政難と人材不足で逼迫しているのは王家派だけと言う構図が成立してしまう……」

この説明の間、ソフィアは何度か口を開き言葉を発しようとしていたが、思い止まり大人しく耳を傾けていてくれた。

ここ数日で彼女の人となりは大体掴めているので、他人の話に真剣に聞き入る姿勢には好感しか無かった。

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