第4話:防御の極致

ギルとおれの予想に反し、アランはゆらりと歩き出しソフィアとの距離を詰めた。

それを見たソフィアはかかとひとつ分ほど後ずさる。

アランはあと一歩でお互いの間合いに入る寸前に、歩調を変え鋭く踏み込んだ。

豪快な右フック。

大振りで打ち下ろし気味に振りぬく。

それをソフィアは身体を右側へと捌きながら難なく躱した。

あれ程の大振りを躱されてしまうと体勢が崩れそうなものだが、アランはバランスを崩す事無く踏ん張り、今度は左のフックをソフィアの顔目がけて叩き込んだ。

その顔面への追撃は意表を突く攻撃だったし、タイミングも良かったので逃れられないかと思ったが、それすらもソフィアは右側への体捌きで躱してしまう。


ソフィアが右回りに身体を移し続けるので、アランはその体勢のままでは追撃が出せず、一旦間合いを切る事になった。

「――これなんだよな。ガンガン攻めてえのに、攻撃し難い方へ逃げていくんだよ。アランも良く踏ん張ったけど、二連撃が限界だろうぜ。三撃目は出せないし、無理やり出したら、流石に体勢が崩れてソフィアからの攻撃を真面に喰らっちまう」

ギルはそう言い、拳を握り締めて空動作で左右の連撃をして見せた。

アランは身体能力をフルに活かして攻撃を仕掛けているが、いわゆる街の喧嘩の域を脱して無いと思う。

それに対してソフィアは後ろに下がらず、右へ右へと回り込んで体捌きだけでアランの追撃を封じてしまっているのだ。

格闘技の習熟度や技術から見ると、優勢なのは圧倒的にソフィアだろう。

しかしアランにしても宮廷騎士の名誉に懸けてこのまま引き下がる事は出来ないはずだ。


再びソフィアとアランの距離が狭まり始める。

今回も距離を詰めるのはアランだ。

彼の表情は真剣そのもので、目には殺気が宿っている様な感じもあった。

ソフィアの方は依然冷静な様子で、相手をじっと見据えている。

緊迫感に息が詰まる。

先程よりも動き出しが遅い。

完全に互いの間合いへ入ってからアランは左拳を振り抜いた。

先程よりもコンパクトな打撃だった。

それをソフィアは今までと同様に右側への体捌きで躱した。

そこへアランは右足の回し蹴りをソフィアの上半身を目がけ打ち込む。

鋭く強い蹴りだった。

ソフィアが右側へ回り込むのを見越しての攻撃だ。

早速対策を打たれて流石にに躱しきれ無かったのか、ソフィアはアランの蹴りを左腕辺りで受けていたが、ガード姿勢を保ったまま吹き飛ばされてしまった。

そしてそのまま間合いが切れる。


「――あれ?なんでアランは追い打ちを掛けないのかな?好機だと思うけど……」

ギルなら何か反応してくれるだろうと思い、呟いてみた。

「いい攻撃だったけどな、恐らく……吹き飛んだ割には手応えが無かったんだろうよ。警戒して手が出せねえんだろ。俺も経験あるからアランの気持ちは分かるぜ」

「もしかして、ソフィアは自ら飛んで蹴りの威力を軽減させたってこと?」

格闘漫画とかでなら何度かそう言うシーンを目にした事はあったが、まさかソレ

をこの目で見る事になるとは……。

「まあ、そう言うことだな。石は砕けても、舞い落ちる木の葉は砕けないってのが、ノーム古式流の防御の極致らしいぜ。どちらにせよ今の蹴りでも威力を殺されるって事は、アランはもう手詰まりかもな。鍛錬はしてるかもしれねえがよ、騎士ってのは剣やら槍やら持ってこそが本領だからよう。徒手で色々と技を持ってる訳がねえ」

それを証拠に、アランはじりじりと距離を詰めてはいるがソフィアに攻撃を仕掛ける様子は無い。

自分の攻撃が通用しないと彼はもう理解したという事だろうか?


そんな緊迫した空気感の中でソフィアは「――今の蹴りは予想外だったわ。あんな体勢からあれ程の威力の蹴りを放てる人なんて中々いないと思う」と、普段よりも勇ましい声でアランに話し掛けていた。

彼女からすれば真剣勝負と言うよりは、ただの訓練としか捉えて無い様な気がする。

アランの気持ちはさて置き。

「その予想外の蹴りの威力を殺したのは、神聖格闘術の防御技術ですか?それとも何かスキルを使用したとか?」

「ノーム古式流は稽古でスキルは使用しないから。稽古ではただひたすらに技術を磨くのみよ」

二人は会話を交わしつつも構えを解く様子は無く、再び距離を詰め始めた。

今度はソフィアも待ち構えでは無く動きを見せていた。

そして彼女は右前から左前へと移行している。


「なあ、ギル?闘いの最中に、構えを右前とか左前に切り替えられるのって厄介なのかな?」

既に息を飲む緊迫感が漂っていたが、再びギルに尋ねてみた。

「俺みたいに力任せに暴れるだけの輩は気にしねえけどな、アランみたいにあれこれ考えながら闘うヤツからすれば鬱陶しいだろうさ」

「ソフィアが右利きだから必殺の一撃を出す為に構えを切り替えた可能性もある?」

「それはあるかも知れねえが……ソフィアの場合は右でも左でも必殺になるからなあ。それよりは構えを変えられた時のアランが、どう対応するか試す意味合いの方が強いかもな」

先程ギルは力任せに暴れるだけと己を評していたが、それは多分口だけなのだろうと思うしかない観察眼と考察力だった。

戦士としての経験が長いと直感で分かってしまうものなのかもしれないけど。


そして、三度みたびアランは先手を取る。

一度目と同様に豪快な右フックを打つ……と見せかけて、今回は足を止めずに低い姿勢で素早くタックルをかました。

見事なフェイント攻撃だった。

そのままソフィアを後方へ吹き飛ばすか、組み付いて馬乗りになるか。

いよいよアランも形振りを構ってる場合では無いみたいだ。

その猛烈なタックルをソフィアは身を躱さずに正面から受け止めた。

アランの頭を両腕で挟み押さえ、僅かに後退りはしていたが足を前後に大きく広げて突進力を無力化している。

その体勢からソフィアはアランのあご目がけて、右膝蹴りを打ち込んだ。

ガチッ!と鈍い音が響く。

ソフィアは膝蹴りの後にアランを首相撲から解放した。

膝蹴りの衝撃が逃げない様にアランの頭を押さえ込んでいたのか?

なんとか意識を取り留めたアランはよろめきつつも、崩れ落ちない様に懸命に踏み止まっていたが……既に勝負は決まってしまった様だ。

無情にも、無防備に等しいアランの腹部へソフィアの右拳が深く突き刺さる。

アランは絵に描いた様に身体をくの字に曲げ、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。

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