第3話:正式な鍛錬着
ソフィアは集落内でも外に出る時は濃緑のローブを纏っているが、今日は白無地の服を着ていた。
純白というよりかは少しベージュ掛かっている色合い。
上衣は長袖のロングワンピース……と言うよりはスカートの部分が前垂れと後ろ垂れに分かれている。
下衣はゆったりとしたズボンで靴はローファーの……おれが小学生の頃に一時流行ったカンフーシューズっぽいフォルムをしていた。
「おはよう、ソフィア。今日は普段とは違う服装だね」
挨拶がてら尋ねてみると、彼女は口許に笑みを湛えて頷いて返した。
そして颯爽とした足取りで男四人の輪の中に加わる。
「これはね、一応神聖格闘術の正式な鍛錬着なの。今日は久しぶりにしっかりと身体を動かそうと思って。木剣で打ち合う音が聞こえてたから朝稽古してるのは分かってたし。リョウスケもいるとは思わなかったけどね」
そう言うとソフィアは恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。
こうしてみると可愛らしい女の子にしか見えないけれど、徒手格闘では大男のギルですら敵わないと言うのだから、人は見かけに寄らないとは正にこの事だ。
「おれはただギルたちの稽古を観てただけだけどね。そう言えば最近鍛錬して無いって言ってたけど、まさかいきなり誰かを相手に手合わせをするってこと?」
彼女のブランクがどの程度なのかは分からないけど、さすがに寝起きでいきなりこの屈強な男たちと打ち合うのは厳しいのでは?と思ってしまった。
「朝起きてから部屋で呼吸を整えて来たし、軽く身体も動かして来たから私は今からでも平気よ。アランが腕に覚えがありそうだから、少しは……気合いを入れないとって思ってはいるけどね」
そして朝っぱらからその気の強さは健在で、いきなりアランに対して挑発めいた言葉を投げ掛ける。
それを優等生イケメン騎士は「私もいつでも手合わせ出来ますよ。宮廷で耳にした噂の真偽を図らせていただく」と受け答えた。
彼も滾りが抑えられ無い様で、明らかに普段より語気が鋭く強かった。
「んじゃあ、俺が立ち会いをやるぜ。王国軍の兵士がやる決闘方式でいいのか?」
ギルは立会人を買って出て、ソフィアとアランに対して大声を張り上げた。
その勇ましい声を聞くと身体に痺れが奔る様な感覚があった。
心臓が高鳴り、身体の芯から熱気が込み上げてくる。
「王国軍の決闘方式って相手が意識不明になるか、両手を上げて負けを認めるまで殴り合うってやつかしら?」
ソフィアはギルに問い掛けつつ、髪を一纏めにして紐で括りつけた。
元々魅力的な女性だと思うが、今日の彼女の凛々しさからは目を離す事が出来ない。
「一応軍内の決闘だからよう、故意に相手の骨を折ったり目突き、首絞めは禁止だ。意識を失った者に対しての追撃は王国軍では罰金の対象となる。アランもそれでいいな?」
「ええ、それで構いませんよ。コール、木剣を預かってくれるかい?」
アランは木剣を手渡すと、手首を回しながらソフィアから距離を取った。
彼は厚い生地のズボンに革製のブーツを履いていて、上位は半袖薄手のシャツだった。
服の上から見ても胸元や肩回りの筋肉の発達ぶりには感嘆の息が漏れる。
身長もソフィアより拳ひとつ分以上の差があった。
ギルと相対していた時は若干の見劣りを感じてしまうが、女性と見比べてしまうと本当に試合が成り立つのだろうか?と不安に思えてくる。
一方のソフィアは緊張の面持ちも無く、別段意気込んでいる様子もない。
淡々と腕や足の筋を伸ばしたり、肩をぐるぐると回したりしていた。
彼女の体型に関しては……長袖長ズボンなので分かり難いが、集落の他の女性らと比べると背は高く肩幅も広く感じる。
特に首回りや四肢が太い……様には見えない。
姿勢とスタイルが良いので運動神経も良さそうに見えるが、見るからに屈強なアランに殴り合いで勝てるとは到底思えなかった。
アランはガチの戦士タイプで、ソフィアはハイレベルなアスリートと言った感じだろうか。
そしてアランが距離を取ってから程なく、両者は顔を合わせた。
距離は三メートルほど。
武器無しでもアランの鋭く速い踏み込みを以ってすれば、一瞬で詰められてしまう距離だ。
あっと言う間のノックダウン劇もあるかもしれない。
「――いつ始めてくれてもいいぜ」
さり気なく始めの合図を送ったギルは、二歩、三歩と後ずさる。
その右手側にコールが立ったので、おれは左手側へと位置取った。
「ギル的にはどちらが勝つと思う?」
双方と手合わせの経験があるギルなら具体的な答えをくれるのでは?と思っていた。
「最初のアランの猛攻をソフィアが防ぎきれるかどうかが、勝負の分かれ目だろうな。長引けば長引くほどソフィアが有利なのは間違いねえからよ」
「さっきギルと手合わせしてる時も先攻してたけど、素手でも先手必勝狙いってこと?」
「先手必勝か……まあそうだな。戦場だとヤラる前にヤルのは常識だからよ。アランみたいな由緒正しき騎士家だと、ガキの頃からそう言う闘い方を叩き込まれてる筈だ――と、そろそろ始まりそうだな」
会話中もアランとソフィアの動向から目を離して無かったが、ギルの言葉を受け口を閉じ息を飲んだ。
アランは既に拳を握り締めている。
左足を半歩前に出し、今にも殴りかかり出しそうな体勢だった。
一方のソフィアはアランの様子を見て右足を半歩前に出し、右手を前に左手を胸元に……拳を握らずに見せたその構えは、どことなく中国拳法的な感じがあった。
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