第2話:神聖格闘術とは

「ギルはソフィアと手合わせした事はあるのかい?」

彼と彼女の仲がイマイチなのは、今までの経緯から察しがついていた。

しかしそれとこれとは別の話と言うか、別腹と言うべきか。

お互い強者なので、腕試しくらいはした事があるのでは?と思ったのだ。

「んー?ソフィアとは……まあ、そうだな。アイツがこの集落に来たばかりの頃は何度か手合わせはした、けどな」

豪放磊落なギルにしては明らかに歯切れが悪い。

弟子のコールも、おれからあからさまに目を逸らしていた。

「ああ、確か最近はあまり鍛錬して無いって言ってたけど。それで、彼女と手合わせしてみて実際はどうだったんだい?噂どおり騎士にも勝てそうなくらい強かった?」

「うーん。まあ、なんて言うか……騎士にも色々いるからな。アレンみたいに武器も徒手格闘もイケる奴もいれば、武器を使った戦闘だけが得意な奴もいるし、指揮能力だけを買われて騎士になる奴もいるしなあ」

これは……余所余所しいを絵に描いた様な態度だ。

ギルの様な偉丈夫がこんな振る舞いを晒してしまうという事は……それはつまり――。


「あのう、もしかしてギルでも、ソフィアには勝てないってこと?」

俄かには信じられないが、そう思う他ない状況だった。

ギルとソフィアでは体重差が三、四十キロはありそうだし、いくら彼女が攻撃に特化したギフトの持ち主だとしても、目の前のヘビー級のプロレスラーの様な男に殴り合いで勝てるとは到底思えない。

おれの問いを聞いてギルは深い溜息を吐き、コールは気まずそうに後ずさり会話の輪から外れ、アランはより一層目に輝きを宿していた。

その三者三様ぶりに思わず笑みが零れてしまう。

「なんつーか、実際見てみねえと信じられねえと思うけどよ、素手の殴り合いでソフィアに勝てるヤツなんて、この世界に片手で数えれるくらいしかいないと思うぜ」

そう言いギルは右手を広げ指折り数えていた。

「そ、そんなに強い、のか。それって身体能力だけじゃなくて、戦闘技術もかなり優れているって事かな?」

「まず武器無しじゃこっちの攻撃は全くあたらねえ。全部躱されちまうんだ。先に攻撃をさせてそれを躱し続けて、こっちの体勢が崩れた所を一気に攻められちまう」

「あ、身体能力を活かしてゴリゴリと押して来る感じでは無いってこと?」

「いや、ゴリ押しも出来る筈だがな、ソフィアの格闘術の流派がそう言う闘い方なんだよ。ウリヤの……なんとかかんとかって格闘術のなんとかって流派だ、たしかな」


いや、真顔で語尾だけ格好付けられても、なんとかかんとかでは全く分からないが。

しかしそれでもソフィアの強さは十分に伝わってくる。

女性相手だから手加減してる様な口振りでは無い。

むしろどちらかと言えば、過去にボコられた記憶に怯えている様にすら見えてしまう。

「それは恐らく神聖格闘術のノーム古式流だと思います。ソフィアの父親ライザールと同じ流派の筈なので」とアラン。

彼はギルの話を聞いても尚、その瞳に抑えられ無いたぎりを宿していた。

それにしても気になるのは「ノーム」という単語で。

「そのノーム古式流のノームって、いわゆる原住の民のノームってこと?」

「ええ、そのノームの筈ですけど。古代のウリヤ人はノームから教わった魔法と格闘術に、それぞれ神聖と冠したみたいですね。流派はノーム古流とか革新流とか他にも色々とありますけど、私もそこまで詳しくは無いので――」


イセリア人、ウリヤ人とササラ人はこの大陸には後住みで他大陸から移り住んだ民族という認識があり、それに対して原住の民と呼ばれるエルフや先述のノームとかがいた訳で。

要するに先住と後住で領土争いをして、負けた先住側がこの地を去って現在は後住側が繁栄していると考えるのが妥当だと思う。

「その……ウリヤ人は魔法とか格闘術とかをノームから習って、それから領土争いをしてノームを退けて今の繁栄を得てるという事かな?」

アランは詳しくないと言っていたので、これ以上根掘り葉掘り聞くのはどうかとも思うが、この世界の一般常識を知る上では必要なやり取りだ。

「私の認識の話になりますが……ウリヤ人は、現在もノームの事を崇めていると思います。そうでなければノームから教わった技術に神聖と冠さないと思いますし、ウリヤ人の殆どの人々が信仰するミロク教の主神ミロクは、古代ノームの偉大な王を神格化したものと聞いた事がありますから」

「領土争いをして打ち負かした相手を、神格化して信仰するって……おれの感覚ではなんだか不思議な話に聞こえる。いにしえの偉大な王とか聖人を神格化するのは分からなくも無いけどさ」

「ウリヤ人の歴史に関する事であれば、ソフィアに聞いた方が良いと思います。神聖魔法を習う時にウリヤの歴史についても学んでいる筈ですからね」

そう言うとアランは嫌味の無い笑みを零していた。

彼からは滲み出る育ちの良さを感じる。

分からないなりにも自分の言葉で丁寧に伝えようとしてくれるところは、好感しか抱けない。


アランは早ければ明日の朝にルーファスと王都へ向け旅立つ筈だから、ソフィアと手合わせをするなら今日しかない。

しかし彼女の今の心境を考えると無理強いは出来ない。

昨夜のルーファスとの話を彼女に伝えれば、少しはその鬱蒼うっそうとした気分を晴らす事が出来るとは思うが……。

と、この様に男四人で顔を突き合わせて談義に花を咲かせていると、一人の女性が小丘を目指して歩いて来た。

艶やかな栗毛は朝日に照らされると、まるで金髪の様に美しく輝いて見える。

思わず目を奪われてしまう美しさと凛々しさ。

なんとも都合の良いタイミングでソフィアが来てくれたのだ。

彼女の悪口を言っていた訳では無いが、余りのタイミングの良さに男四人は顔を見合わせて、それぞれ似た様な苦い笑みを浮かべていた。


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