第8章:ソフィアの強さ

第1話:朝稽古

カーン、カーンと乾いた音が聞こえてくる。

その音で目覚めたのか、目覚めたからそれが耳に入って来るのか。

薄く目を開けてみる。

そこで、昨夜はルーファスに眠りの魔法を掛けて貰ったんだっけ、と記憶が蘇った。

魔法の後遺症は今のところ無い様に感じた。

スッキリとした目覚めだし、身体が怠いということも無い。

夢は何か色々と見た気はするが、どれもこれも朧気おぼろげで思い描く事は出来なかった。

息を吐き上半身を起こして、目一杯に伸びをした。

力任せに伸びきった後は、だらりと脱力し深呼吸を繰り返す。

相変わらず薬草や茸類などが混ざり合った匂いが鼻腔を刺激してくる。

嫌な臭いでは無いが、中々慣れるものでは無いのも確かだ。


「――今日で、この世界に来て三日目……になるよな?」

今になり、あの小丘での儀式が浄化では無く滅殺目的だったと言う事実に身震いがする。

それを払拭するべく、独りだが敢えて内には秘めず声を出してみた。

「僅か二日の間に殺され掛けて、ナマズ料理を振舞って色々な人と言葉を交わせて……いきなり滅殺されそうになったってこと以外は、まずまず上々な異世界生活の始まりってとこかな」

小窓から見える外からは柔らかな陽光が射し込んでいる。

明るさから見て夜明けからは時間が過ぎてそうなので、既にルーファスは森へ出掛けてしまったかもしれない。

寝床から立ち上がり、昨夜老魔法使いと対話した部屋へと移動した。


思った通り、移った先の部屋には誰もおらず家中にひと気は無い。

昨夜使っていたコップがあったので、水瓶から水を掬い喉を潤した。

ここは魔法使いの家なので、本棚や机には興味をそそられる物が沢山あるが……家主が居ぬ間に色々と手を出すのは気が引ける。

取りあえずソフィアの家に顔を出してみるかと思ったが、寝覚めに聞いた乾いた音が再び響いて聞こえてきた。

「これは……きこりが斧で気を打つ音?にしては、不規則かな?どこから聞こえてくるのだろう?」

森の中にある集落なので、薪割りや木材の加工など木を打つ様な音が出る作業は幾らでもあると思う。

この家に待機を命じられてる訳では無いので、まずはその乾いた音の発生源を探るべく外へ出る事にした。


カーン、カン、カーン。

外へ出ると乾いた音はより一層激しく響いて聞こえて来た。

小丘の大ケヤキの方から聞こえてくる感じがしたので、まずはそちらへと足を向けてみる。

するとすぐに、ギルとアランが木剣を手に打ち合いをしてるのが目に映り込んできた。

どうやら朝稽古をしてるらしい。

近づくにつれ、木剣のぶつかり合う音と彼らの凄味のある息遣いも聞こえて来た。

双方ともに両刃の剣を模した木剣を握って対峙している。

アランは両手で剣の柄を握り剣先をギルへと向け、ギルは右手だけで握り剣先を右へ左へと揺らしていた。

どうやらギルはおれの事に気が付いたみたいで、こちらに目を向けにやりと笑みを零した。

大ケヤキの下にいるコールは、二人の勝負の行方を固唾を飲み見ていた。


おれがその場に到着してから、先に動きを見せたのはアランだった。

アランは鋭く踏み込み、上段から斬りつける。

それをギルは左手側に身を躱しつつ攻撃に転じようとしたが、その前にアランの鋭い突きが迫りくる。

完全に差し込まれる形になったギルだったが、その巨躯には見合わぬ素早い身の熟しで喉元を目がけた突きを躱した。

更にアランは息をつく間を与えず、追い打ちを仕掛ける。

二段三段と目にも止まらぬ連突きを打ち放った。

その最後のアランの強烈な突きが、こちらからはギルの身体を捉えた様に見えたが、どうやら寸でのところで木剣で受け止めたらしい。

この攻撃を以って二人は再び間合いを切った。

一瞬の攻防だったが実に見応えのある打ち合いだった。

アランの猛烈な速攻に目を見張ったが、それを悠然と交わし追撃をも防ぎ切ったギルの技術も素晴らしかったと思う。

さて次はどんな攻防が……と早くも手に汗握り観戦していたが、間合いを切ったままアランは剣を下してしまい、それを見たギルも剣を下げこちらへと歩いて来た。


「いよう!リョウスケ!お前も剣の練習しにきたのかよ?」

思わず仰け反りそうになるほどの大声だ。

鼓膜と言うよりか身体の内面に直接響いてくるような感じだった。

「あー、いや、おれはそう言うのはからっきしでね。観る方専門だからさ」

「くっくっく、まあその細腕を見りゃ聞くまでもねえか。昨夜は美味いメシ食わせて貰ったのに相手出来なくて悪かったな。色々と面倒臭え問題が山積みでよう」

そう言うとギルは傍に来たアランの肩に手を置いた。

サイラスとアランが重大な密命を帯びてこの集落に入ったのは予想がつくが、それをこちらからあれやこれやと詮索するのは気が引けてしまう。

なんとなくだが、おれに対してその密命を伏せてる様な気がしなくも無いし。

「ところで、アランがここに居るという事は、ルーファスたちはまだ森に出掛けてないのかな?」

「今日は魔法使いだけで引継ぎをしたいそうなので。今日は一日暇を貰い、手持ち無沙汰にしてる所を、ギルが朝稽古に誘ってくれた訳です」

そう言うと、アランは緩く長く息を吐いていた。

息を整えるというよりか、残念な気持ちを乗せた溜息の様に感じる。

おそらくは騎士の務めとして警護対象からは目を離さないとか、警護対象からの指示は受け付けないと言った決まり事があるのでは無いだろうか?

今回はそれをルーファスが振り切ってサイラスだけを森に連れて行ってしまった、みたいな……。


「なるほどね。今日一日暇を貰ったのなら、ソフィアとも手合わせが出来るのでは?」

それは何の気ない提案だった。

そのタイミングでおれたちの話が長くなると踏んだコールが、大ケヤキの下から小走りで寄ってくる。

「ああ、確かに!それは是非お願いしたいですね。噂の腕前を是非体感してみたい!」

溜息から一転、おれの提案を聞いたアランは若者らしい溌溂はつらつとした表情を取り戻していた。

その様子を見て、このイケメン騎士はソフィアを同年代の可愛らしくも美しい女性としてでは無く、一人の屈強な格闘家としか見てない様な気がしてきた。

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