第11話:灼焔の魔女であれば

今から寝ようとしてる者に対して最強の魔法使いの話を切り出す、老齢の魔法使い。

小窓から見える外は真っ暗闇で、まだ夜半ころであって欲しいと願うばかりだ。

そしてこれが今宵最後の質問になればいいと思いつつ。

「――最強の魔法使い……灼焔の魔女、ですか。その、最強たる根拠とは?」

「まずは圧倒的な魔力量じゃのう。彼是二十年は顔を合わせておらぬが、当時最盛期だったと言えるわしですら、魔力量は彼女に遠く及ばなかったわい」

特に悔しがる様子は無く、むしろ得意げにルーファスは語っていた。

「ちょっと想像がつかないですけど、その膨大な魔力量は先天的か後天的かで言うと、どちらか分かりますか?」

「ほほう、さすが異世界人は目の付け所が違うのう。灼焔の魔女の魔力量の凄さは、先天的に才能を有する者が、寝る間を惜しんで魔法の修行をした結果と言えようか。どの分野でも努力の出来る天才とは異彩を放つものじゃがのう」

恐らく数多いる魔法使いの中から唯一の名指しなので、比類なき人物なのは間違いないと思う。

しかし、そうであるなら……恐らくルーファスにしか分からない事を聞いてみたくなる訳で――。


「あの、その灼焔の魔女であれば、もしかしたらおれを魔力的に滅殺出来てしまうのでは?」

別に死にたがっている訳では無くて、しかしその可能性の確認だけはしておきたかった。

「あの魔女が……二十年前から変わらずに自己を研鑽し続けていたなら、わしには想像もつかぬ高みに達しておる可能性はある。しかし、それでも尚お主の結界を打ち破る事は出来ぬであろう」

「それは、何故、ですか?具体的な説明は出来ますか?」

己の生き死にに関わる事なので、思わず語気に力が入ってしまう。

「お主の結界を毛ほども削る事が出来んかったからのう。ヒビのひとつでも入っておれば、魔力量で解決出来るやも知れぬが……お主の魔力無効化の結界は力押しでなんとかなる代物では無いのじゃ。魔力の干渉を完全に消し去ってしまう……文字通り無効化じゃな。減退でも相殺でも無く、完全なる無効化じゃぞ。わしは彼是五十年以上は魔法使いを生業としておるがの、この現象は初めての経験じゃった」

要するに長年の経験と勘の域を出て無い、と思われる。

その灼焔の魔女とやらがルーファスの想像を超えた成長を遂げていたら、その完全なる無効化とやらを打ち破る魔法を編み出すかもしれない。


しかしこの件に関してこれ以上押し問答を繰り広げてもあまり意味が無いだろう。

この老魔法使いと対等に討論するには、おれは余りにも知識と経験が足りなすぎるから。

もっとこの世界について、精霊魔法や神聖魔法についても深く学んでから改めて語り合ってみたいものだ。

「――色々と思い知ったと言うか、今後自分が学ぶべき事が少し見えてきた様な気がします」

おれはそう言い、前のめりになっていた姿勢を崩して背もたれに身体を預けた。

依然、身も心も仄かに熱を帯びている様な感覚がある。

「それに関してはわしも同意じゃわい。もう幾ばくも無い命じゃと思うが、お主と出会って数日で……まだまだ学ぶべきことがあると思い知らされたからのう」

「要するに今みたいな会話をしに、王都や宮廷に来いという事ですよね?異世界人らしい知見を以って若者らと語らい、思い知り思い知らしめよ、と」

「まあ、そういうことじゃのう。そしてそれは宮廷で働く若者だけでなく、お主にとっても実りある経験となるであろうよ。宮廷には魔法使いだけでは無く、騎士も参謀官も官吏も大勢いる。王都には様々な国の使節団が駐在しておるし、サリィズ王国内のほぼ全ての王侯貴族が別邸を構えておるゆえ、話し相手に困る事は無いと断言出来るからのう」


またじんわりと気分の高揚を感じていた。

王都、宮廷へ行けば多くの出会いと別れがあり、王侯貴族や宮廷務め以外の人物たち、例えば冒険者や豪商などとも知り合う機会が増えるだろう。

しかも諸外国の使節団も駐在してるとか……正にそう言った人々とも分け隔てなく会話する事が出来るギフトを所有してるのだ、おれは。

いにしえの聖人エステルとやらがギフト言語理解を活用して、その当時の戦争をこの世から無くしてしまったと聞いたが、すべての人類と齟齬無く言葉を交わした結果……気が付いたら戦争が無くなっていた、みたいな事はあるかもしれない。

もしかしたら、おれも神かそれに近しい存在から偉大な聖人様と同じ使命を担わされているのだろうか?

ん?あれ?

もしかしたら聖人エステルも、おれと同じ様に異世界転移か転生でこの世界に来たとか?

ふと脳裏に過った疑問だった。

おれが異世界から来たと知っているルーファスであれば、これをテーマに議論出来る……と思ったが、さすがに今日は気が引ける。


「――すみません、色々と話したい事がありすぎて。新しい何かを知ると、それに紐づいた話題が次々と浮かんで来てしまうので、終わりがなくて……」

なぜもっと時間が無いのかと、思わざるを得ない。

あと十日、いや三日でもいいから早い時間軸に転移出来ていれば、この偉大な宮廷魔導師ともっと多くの会話を交わす事が出来たのに。

「お主の気持ちは理解しておる。ゆえに王都宮廷への誘いの声を掛けておるのじゃ。お主の様な特異な存在を王都宮廷へ招き入れるには、色々と根回しが必要じゃから此度わしと一緒に連れ行く事は出来ぬが、と言うだけの話じゃ。時が来れば使いを出すゆえ、その時は王都への旅路を堪能しつつ召還に応じてくれれば良い」

「はい、承知しました。しかし旅路を堪能してると、王都へたどり着くまでに何年も時を要してしまう可能性がありますね、おれの場合は」

その言い回しがツボに入ったのか、ルーファスは珍しく声をあげ高らかに笑っていた。

それは気の抜ける瞬間で、それと同時に今宵の懇談の終わりを意味してる様に感じたのだ。


「ルーファス?ひとつお願いがあります」

「うむ、言うてみい」

「このままだと気分が高揚しすぎて眠れないので、眠りの魔法を掛けてもらえませんか?あの、こう言う依頼はおかしいでしょうか?一般的ではありませんか?」

こんな申し出をするのは狂人か異世界人くらいのものだろう……と思ったが。

「それは構わぬよ。お主にも眠りの魔法は効果があると、既に実証済みじゃからな。平時ではあまりおらぬが、戦時中は騎士や兵士から眠りの魔法の施術を日常的に懇願されたものじゃ」

戦時中にしか依頼されないなら、まったく一般的では無い様な気もするが……。

ルーファスは静かに立ち上がり、そのまま奥の部屋へと歩き出した。

おれは残っていた茶を一気に飲み干し、老魔法使いの後に続いた。

それから奥の部屋へ入り、重ねて敷いてある布の上に寝転び目を閉じる。

すぐに「では、良い夢を……」と、ルーファスの声が耳に響いた。

それからは全く記憶がなく、眠りの魔法を掛けられたという実感も無く、次に目を開けた時は夜が明けていた。

良い夢か悪夢を見たかも分からない程の深い眠りだった。

まるで魔法みたいな……いやいや、これは紛れもなく魔法だったワケだけれど。


第7章

Q&A

END


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