第10話:今を生きる英雄か、未来の英雄たる存在か

じわじわと事の重大さが身に染みてくる感覚はあった。

確かに他国に先んじて魔法無効化の実用化が出来たら、その国はこの世界を統べる事が出来るかもしれない。

しかし、恐らくこの世界で最高位の魔法使いであるルーファスを以ってして全く解明出来ない技術を、他の魔法使いや研究者がすぐにどうこう出来るとは到底思えなかった。

要するに何処かの組織や国に拉致監禁されたとしても、すぐに軍事利用出来る様にはならないだろう、と言ういかにもおれらしい楽観的な憶測。

「――そろそろお休みになりますよね?明日もサイラスらと森に入るのですか?」

ルーファスと話したい事はまだまだ山積しているが、今日の所は引き際だろう。

「そうじゃのう。明日一日掛ければ引継ぎは終わるであろうよ」

「そして、明後日の朝には王都へ旅立つのでしょうか?」

「うむ、アランと共にまずはトリス街へ赴く。彼の街にはこの折に会っておきたい人物がおるゆえ」

もうお開きにしようと思いつつも、あれやこれやと聞きたい事が頭に浮かんで来てしまう。

ルーファスが出立する前に、もう一度じっくりと話す機会を設けて欲しいものだが如何せん時間が無さすぎる。


だがしかし、このまま寝てしまうのは名残惜しい。

この国の情勢をルーファスの見地で聞いてみたいし、歴史の話もしてみたい。

精霊魔法や神聖魔法、森林戦争のこと、王都や宮廷の話も……。

「――すみません、ルーファス。最後に……これで本当に最後にするので、今頭に思い浮かんだことを聞いてもいいですか?」

これを断られたら大人しく寝ようと思ってはいたが……恐らくルーファスはこの申し出を断らないだろうという打算もあった。

「構わぬよ、遠慮せず申してみよ」

「では、先ほどのエドワード・カールロゴスの様な過去の大英雄では無く、現在の英雄か、将来的に英雄たる存在になりえる人物がいたら、教えてください」

「ほほう、今を生きる英雄か未来の英雄たる存在か。当然、思い当たる名はいくつかあるのう。そうじゃのう……では、思いつく限りでは切りが無いゆえ、今宵はサリィズ王国内の特に優れた三名を教えるとしよう」

それは思わず身体が前のめりとなる返答だった。

今更ながら睡眠導入剤代わりに聞くには少々刺激的過ぎる話題だったかと笑みが零れる。


「まずは宮廷騎士団の団長ランスロット・フォールであろう。彼はわしが生涯出会った中では最高の騎士じゃと断言出来る。まだ三十代半ばじゃがのう……彼の武勇、風格、気高さは歴代の宮廷騎士団長と比較しても随一であろうよ。サリィズ王からは全ての騎士の模範と称され、レイエイ王国の聖女王様から直々に引き抜きを持ち掛けられた噂も流れる程じゃ。ランスロットもエドワード・カールロゴスを憧憬しょうけいしておってのう。彼と兵法に関して語り始めると、夜を徹するのは日常であった。機会があるならアランに聞いてみるが良い。わしよりも具体的に話してくれるじゃろうて」

一人目からテンションの上がる人物だった。

ランスロットと聞くと円卓の騎士団を思い出すが、この世界のネーミングセンスは元居た世界に通ずるものが多分にある。

早くもランスロットに関して色々と聞きたい事が口を突いて出そうになったが、ここは自己口封じの術で耐え凌いでみせた。

「――次は、ナーザリア公爵ヴァンドール家のシルヴィア嬢を挙げておく。見目麗しき令嬢じゃが、頭の切れは当代一であろう。国内外の情勢に関して言葉を交わしておる時などは、サリィズ王国に留まらず今世で最高の頭脳では無かろうか?と思うことすらある。ヴァンドール家は王家派ゆえにシルヴィア嬢とは幼少期から面識があるが、まだ二十歳にもならぬ娘が、ここまで聡明に育つものなのかと感嘆に値する人物じゃ。将来、シルヴィア嬢を中心に新たな国が興ったとしても……なんら不思議は無い、と思わせる程の才能と器量を持ち合わせておるのう」


これはサリィズ王国の重鎮がして良い発言では無いと感じたが、だからこそ真実味と重みがあった。

この老魔法使いからこれ程の評価を受ける十代の令嬢とは、一体どの様な存在なのか。

しかも見目麗しいらしいので、これは是非とも会ってみたい。

公爵家のご令嬢におれみたいな何処の馬骨が会える機会など、そうそう無いとは思うけれど。

「三人目は……ちと、迷うがわしが実際会った人物で一番才能に溢れた者を紹介する事にするかのう。名をフェリックス・マクシミリアンと言う。アーカサス侯爵マクシミリアン家の三男坊で、彼もまだ若く二十代の半ばころであろう。以前は宮廷に仕えておってな、マクシミリアン家は副都派の有力貴族じゃが、彼は派閥の垣根を越えて分け隔てなく人付き合いの出来る男でのう。わしの所へも魔法やら兵法に関して良く教えを乞うて来ておった。今ふと思うたが、あの探求心と知識欲はお主に似ておる。頭の切れは先程のシルヴィア嬢に負けず劣らず……しかし、その才覚と恵まれた容姿ゆえに妬まれる事も多くてのう。国家転覆の嫌疑を掛けられ、宮廷と王都から追放されてしもうたのじゃ」

話途中までは熱弁を振るっていたが、最後の件はしんみりと寂しい感じだった。

ルーファスは王家派だが、それ程までに副都派の青年の才覚を買っていたという事なのだろう。


最初のランスロットが三十代で、シルヴィア嬢は十代、三人目のフェリックスは二十代だったので、現代の英雄と言うよりは将来英雄になりえる人物を紹介してくれた様な気がする。

それを経てひとつ気になった事は――。

「魔法使いの名が一人も挙がらなかったのは、少し意外でした」

取りあえず頭に浮かんだ感想だった。

なにか意図があり敢えて魔法使いは外したのかもしれないし、現状はルーファスが認める若手魔法使いがいないだけなのかもしれない。

どちらにせよ、おれとしてはそれに関して深く追求するつもりは無かったが……。

「ふうむ、そうじゃのう……。魔法使いは属性の相性があるゆえに、中々順位や優劣をつけにくいゆえ此度は名を挙げるのを避けたのじゃが。では最後に、規格外の魔法使いをひとり紹介しておくかのう。その名はメイヴィス・ククラハ……灼焔しゃくえんの魔女と恐れ称えられる、サリィズ王国――いや、現代最強の魔法使いじゃ」


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