第9話:ルーファスの本心

「――げに恐るべきはその探求心よのう。わしがお主と同じ立場であったらと考えると、その様には振舞えぬであろうよ」

老魔法使いからの誉め言葉と受け取りたいが、どちらかと言えば呆れ声だろうか。

おれとしても元居た世界で、目の前に自分を殺そうとした相手がいたら委縮していたと思うが、今現時点は心を平静に保てている。

この世界に対する探求心や知識欲は渇望し、飢餓状態にあると言って過言無いが。

「高位の魔法が通じないのと、心や精神の強さは関連あると考えますか?」

「あまり憶測でものを言いたくは無いが、恐らく無関係ではあるまい。精神に幾重にも複雑な結界が構築されておる様な感じでのう。それの解除を試みたが、全く手に負えんかったのじゃ。その結界と心の強さの関連性は分からぬが、魔力干渉だけでは無く外因による心への圧力を阻む効果もあるやも知れぬ」と、いう宮廷魔導師の憶測だが、彼は実際に魔力的な干渉を試みているので、実証結果と言うべきだろう。

恐怖に対する耐性があるのだろうか?

いや、しかし……この世界に来てから怖いと感じる事は何度かあった。

例えばあの遺跡でルーファスと初めて会った時は恐怖しか感じ無かったし、ギルが剣の柄に手を置いただけで慄いたのはまだ記憶に新しい。

この件に関しては自分なりに調査をしておいた方がいいかもしれない。


「では、実際にあの魔方陣を用いた魔法にはどの様な効果があったのでしょう?本来おれに起こり得た現象と言うべきでしょうか……」

「ふむ、そうじゃのう。まず試みたのは先程申した通り、精神結界の解除と破壊じゃ。精神結界の属性転換を試みようか悩んだが、そもそもその結界が何属性で構築されておるかも分からぬゆえ、これは施術前に断念した。精神結界への干渉に魔力をかなり費やしてしもうたが、その後に残魔力の全てを以って外的な魔力攻撃へと転じた訳じゃが……それは発動前に封殺された様な感覚があった。いや、発動直後に相殺されたのやもしれぬ。あの時……お主が着ていた服が消失してしまった事を考えると、発動後にお主に害意を有する魔力が達する前に相殺された、と考えるのが正しいのかのう」

あの短い時間の中でその様な試行錯誤があったとは……。

今の今まで服が消失してしまったのは浄化魔法の為だと思っていただけに、これに関しては驚きは隠せなかった。


「その……順番が逆であったら、違った結果がもたらされていたのでは?つまり、精神結界の干渉からでは無くて、最初から全力で外的な魔力攻撃をしていればどうなったか?と言う話なのですが……」

己を殺す手段をあれやこれやと講じている様で奇妙な感覚だったが、それを知りたいという衝動を抑える事は出来なかった。

「いや、後回しにはしたが全力と言って過言無い状況じゃった。特等級の光属性石をありったけ放り込んで、わし自身の魔力補填は完璧じゃったからのう。しかもあれ程の好天……光属性のマナが最大限に満ち溢れる環境下で、わしの知る限り最強の攻撃魔方陣を構築しても傷ひとつ負わす事が出来ぬのじゃ。恐らく魔力干渉や魔法攻撃でお主を滅殺出来る者は……現時点ではこの世に存在せぬ、とわしは考えておる」

「でも、あの夜……遺跡からこの集落へ来るまでに、おれの足は見るに堪えないほどボロボロで、血塗れで……ああ、そうか、要するにそれこそが低位の魔法は通じ高位の魔法は通じないへ繋がる要素になるのか――そうだとしたら、次に試したいのは」

それを口にしつつ、おれは我ながらゾッとする事を思いついてしまう。

魔力的に不可能なら物理的なアプローチをしてみては?と。

さすがにこれは常軌を逸しすぎているし、サイコパスな発案過ぎて気持ち悪くなってしまった。


しかし、それをルーファスは察してくれたみたいで。

「物理的に……例えばギルにお主の首を跳ねて貰った場合、それは可能かも知れぬが、もしかしたらそうなる前に、ギルがこの世から消失してしまう可能性がある。それゆえ、おいそれと試せることでは無いのじゃ」

「それで、煮る事も焼くことも出来ない正体不明のおれを、他の派閥や国家に出すくらいであらば自らの陣営に囲んでしまおう……と言う感じなのでしょうか?」

恐らくはルーファス自身がおれを傍に置いて研究したいのでは?と、そう望んでいる様な気がしていた。

彼からすれば何十年も心血を注いで来た魔法が全く通用しない存在に巡りあったのだから、その秘密を解き明かしたいという思いは必ずある筈だ。

「出来る事なら、宮廷王家派の管理下に置きお主の正体を突き止めたい……と考えてはおる。しかしのう、情けない話じゃがわしらの陣営だけでは、お主の事を調べるにはちと役不足なのじゃ。ゆえに今尚、お主の処遇に関しては思い悩んでおるところでのう」

これがルーファスの本心なのだろう。

魔法使いや研究者としておれを追求したい気持ちはあるが、王家派の重鎮としての責務もある。

そして何より問題は、サリィズ王国が抱える危機への対応が急がれる点だろうか。

思い返してみると、おれの処遇が緩く感じたのは彼の苦悩によるものだったのだ。


「――貴方とは何かの縁があると感じているので、おれとしてはサリィズ王国や王家派に不利益が被る様な事はしないですよ。と言っても、例え他陣営に取り込まれても何か事が為せるとは思いませんが、我ながら……」

「どの口が言うのか!類まれなるギフト言語理解を有しておるだけでも特異すぎると言うのに、その上高位の魔法を無効化してしまうのじゃ……。その様な存在が手の内にあるだけでも、数多の金銀財宝よりも遥かに価値があるわい!今後の研究により高位魔法無効化の仕組みが解明されたら……精霊魔法、神聖魔法ともに今現在とは有り様が激変してしまうのは間違い無い。これぞ正しく魔法技術の革新と言えようぞ」

ルーファスにしては珍しく語気が荒々しかった。

激高と言うよりは、天然ボケに対する強めのツッコミと言った感じだったが。

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