第8話:あの日、大地に描いた魔方陣
「――ではそろそろ夜も深くなって来たゆえ、わしから……お主に伝えておかねばならぬ事があるのじゃ」
ルーファスはそう告げると、仕切り直しをする為か新たに湯を沸かし始めた。
と言ってもハイレベルな魔法使いである彼がする事は、鍋に水を入れるだけで、釜戸の火の制御は座したまま動作のひとつも無く行われる。
ここでひとつ気になる事が思い浮かび、彼の本題が始まる前に聞いてみることにした。
「貴方ほどの魔法使いが、火に掛けないと湯を沸かせないという事は、水を沸かす魔法は無いという事ですか?」
本題が新たな茶を淹れてからであれば、それまでの小話程度には良いテーマだと思った。
「水を沸かす魔法は存在する。わしも日中に好天時であらば、水を温めるくらいは出来るがのう。煮沸するまでとなると、火属性を得意とする魔法使いであっても、それを為し得るのは極少数じゃな」
「そうですか。ではその極少数は……いつでも好きな時に熱々の茶が飲めるという事ですね?」
「ふぉっふぉっふぉっ、いや正にそれじゃ。わしも若かりし頃にいつでも熱々の茶を……と思い、火属性魔法が得意な魔法使いに教えを乞うたが、結局煮沸するまでには至らんかった」
「では、その教えを乞うた相手は、水を煮沸する事が出来たのですか?」
そろそろ湯が沸きそうな頃合いだったので、おれからの問い掛けはこれを最後にするつもりだった。
ルーファスは口を開き掛けたが、答える前に鍋を手に取り茶を淹れてくれた。
そして改めて対面に座し、老魔法使いはおれの目を見据える。
「――あれはわしの知る限り最高の魔法使いゆえに、水を魔法で沸かすまでに三呼吸ほどの時があれば為し得おる。おそらく、この人生ではもう会う事は無いがのう、今でも会えるなら……色々と教えを乞いたいものじゃ」
魔法の師匠の話をしてる感じもあったが、友人か好きな女性の話をしてる様な雰囲気もあった。
この老魔法使いにしては珍しく過去を懐かしむ口振りだったので、思わず最後の質問にするのを忘れてしまいそうになってしまったが……おれが口を開く前に彼は語り始めた。
「まずは、お主に謝らなくてはならぬ。いや、これは謝って済む問題では無いがのう。先日、集落の小丘で浄化の儀を執り行ったであろう?あの大ケヤキの下でじゃ」
雰囲気的に口封じの魔法を掛けられている感じがあったので、即答は出来ずにまずは小さく喉を鳴らしてみた。
「――ええ、はい。ギルとソフィアの立ち合いのもと、ですね」
「うむ、あの日に大地に描いた魔方陣は、浄化では無く……お主を滅殺する目的で描き、そして発動させたのじゃ」
老魔法使いの突然の告白に、まずは驚きがあった。
心中に「滅殺」という単語が強く響く。
あの日はおれの方から、集落の住民に迷惑が掛かる様なら殺して欲しいと申し出たが、まさかルーファスがおれを殺そうとしていたとは思いもしない。
「その……おれを滅殺?しようとした理由を、聞かせてもらえますか?」
何か納得の出来る理由が欲しかった。
そしてルーファスは、それが無くしておれを殺そうとする人物では無いと、思っているしそう思いたい自分がいるのだ。
「ふうむ、滅しようとした理由は、お主が余りにも得体の知れぬ存在じゃからじゃ」
「何を以って得体が知れぬとしたのか、具体的に説明は出来ますか?」
「幾つかあるがのう……。まずは強度の高い魔法が一切通じぬ。催眠や口封じと言った簡易的な魔法は通じるのにも関わらず、という点が何より不可解じゃ。こちらがお主に対して抱いておる心象が、害意か好意かに寄り効き目が変わっておる様な印象もあるしのう。これらは長らく魔法の道を歩んでおるわしを以ってして、見た事も聞いた事も無い現象なのじゃ」
とりあえず恐ろしい疫病に感染してるとか、凶悪な悪魔とかに憑りつかれてる……的な怖い理由では無さそうなのだろうか?
強い魔法のを無効化する特殊能力とかスキルとかギフトとかを異世界転移したタイミングで取得した、みたいな事は異世界関連のアニメとかゲームでは有り勝ちな設定だが……。
感覚的には、それだけの事で殺してしまうのか?という思いも無くはない。
けれど、この件に関してルーファスを責める気は無かった。
本来であれば身元不詳の異国人を、集落内に受け入れてくれただけでも感謝すべきなのだろうから。
「――おれ自身が自分の不可解さを分かってるつもりなので、貴方と集落の判断は尊重します。要するにおれの身体は高位の魔法を無効化してしまう特性がある、という事ですよね?」
あの時は確か、ルーファスは早朝から時間を掛けて複雑な魔方陣を描いていたので、かなり高位の魔法を行使した可能性がある。
これは己自身で調べる事の出来ない特性かもしれないので、出来るだけ詳しく話を聞いておきたい……と考えていたのだが、おれの問い掛けを受けたルーファスは唖然とした表情を浮かべていた。
「リョウスケよ……今目の前に、お主を殺そうとした者がおると言うのに、何故そこまで平然としておれるのじゃ?」
「いや、全く平然な訳では無いですよ。おれからすれば、たったそれだけの事で殺してしまうのか、という思いはあります。当然、目の前におれを殺そうとした人物がいると理解もしてますから。しかし、それでも尚、貴方に対して怒りは湧いて来ません。今は僅かな怒りを無理やり増幅させるよりも、一体どの様な魔法を以っておれを滅殺しようとしたのかを知る方が、遥かに優先度が高いと考えてます」
元々他人前で派手に怒りキレ捲る様なタイプでは無い。
しかしそれでも、確かにこれは冷静沈着過ぎるか、と思うところもある。
もしかしたら怒りを抑制する様な制限が設けられてあるのだろうか?
ギフトは言語理解だけだった筈だが、それ以外にも裏ステータスみたいなモノがあって……それは、ここがゲームの世界であらばの話になるけれど。
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