第7話:何かしらの意義を

「――おれを王都や宮廷に連れて行ったとして、何かお役に立てる事がありますかね?」

誘いの声を掛けられるのは率直に嬉しく感じた。

この世界の王都や宮廷を見てみたいし、人々がどの様に生活したり働いているのか凄く興味がある。

しかし、いざその中へ放り込まれたとしても、何か貢献出来たり活躍してる姿の想像は難しい。

サイラスやソフィアの言葉を信じてナマズ鍋を武器に王都で商売!と言うのも、面白そうだが現実味は無く時期尚早過ぎるよなと思うばかりだ。


「いや、なに……宮廷に務める若者らの話し相手になって欲しいのじゃ」

ルーファスの声は力なく響いて聞こえた。

長時間の会話で少し疲れてしまったのかもしれない。

いや、それよりも今日は早朝からサイラスらと大森林の中を歩き回っているのだから、疲れが出てもなんら不思議は無かった。

「話し相手……ですか?それならおれなんかよりも、宮廷魔導師たる貴方と話したがる様な気がしますけど、若者たちは」

おれ自身……もう三十五歳なので若者とは言えないが、この老魔法使いとは時間の許す限り会話を重ねたいと思っているのだから、宮廷で働く様な有能な若者たちも同じ思いを抱いている様な気はするが、どうだろうか。

「わしはのう……若者らの相手をするには少し年を取り過ぎておる。地位が高くなりすぎたと言うべきかもしれぬがの。時間を設けて対話をしても、中々率直な意見を引き出す事が出来ぬのじゃよ。若者個人の意見と言うよりは、わしに嫌われまいとして世辞に近しい声しか聞こえぬ」

それを踏まえても、偉大な宮廷魔導師より何処の馬骨のおれとの会話の方が価値がある……とは到底思えないが、少なくともルーファスは何かしらの意義を見出してくれているみたいだ。

「ああ、はい……それはなんとなく分かる様な気がします。けれどサイラスやアランは、貴方に対して世辞やおべっかばかりを並べる人物では無い様に感じましたけど」

二人ともまだそこまで深く語り合った訳では無かったが、上役に対して謙るばかりの人物では無い印象はあった。


「サイラスはのう、あれは一見神経質で精神的に脆く見えるが中々どうして芯は強い。宮廷の様な特異な環境で生き抜くには、あやつくらいの芯の強さが無ければ務まらん。アランの方はまだ若輩も若輩じゃがの、あれは騎士の名門ヴィシエ家の出じゃから常人とは胆力が違うわい。わしはあやつが将来的に宮廷騎士団を率いておっても、なんら不思議ないと思うておる」

それを聞くと今回あの二人は厳選されてこの集落へ派遣されたのかと、思い至る。

と、ここでふと思いつく事があった。

この機にルーファスとは犬猿の仲の、とある女性の人物評を聞いてみたくなったのだ。

「あの、少し話は逸れますが……ルーファスはソフィアのことを、どう見てますか?彼女は薬師としては優秀で、武術の心得もあると聞きました。ギフトを二つ有し、才能からすれば他の誰よりも秀でていて、誰よりも強心臓の持ち主だと思いますが……宮廷にも一時務めていたみたいですし」

目の前のルーファスの表情が見る見る内にげんなりとして、思わず吹き出しそうになってしまった。

いやでも、今現在この老魔法使いは自分の本拠地とも言えるこの集落にソフィアを招き入れているのだから、心底嫌っている訳では無いのでは?とも思う。

「ソフィアはのう……あれが幼少の頃より知っておるが、ちいと我が強すぎじゃわい。宮廷におった頃は、わしだけでは無く貴族を相手に回しても全く怯まぬからのう。あの豪胆なライザールですら娘の跳ねっかえり振りには手を焼いておったくらいじゃ。しかし……神聖魔法の才能と身体能力の高さは認めざるを得まい。神聖魔法に関してはイセリア人の中では最高峰であろうし、格闘術においては宮廷騎士を相手にしても負け知らずと聞いておるからのう」

やはり彼女の才能は認めざるを得ないと言った所か。

父親から宮廷薬師を継げるくらいの才覚を有してはいるみたいだが、あの気の強さのままでは宮廷どころか何処で働くにせよ悶着は置きそうだ。

だからこそ彼女の才能を惜しいと感じているのは、外ならぬライザールやルーファスだと言うのは改めて聞くまでも無い。


「すみません、では話を戻します。……若者の話し相手であれ、雑用係であれ、おれがなんらかの形で宮廷に入れる様になるのは、ルーファス的にはいつ頃だと想定してますか?要するに、おれは何時頃までこの集落で貴方からの誘いを待てば良いのか?という事なのですが……」

「ふうむ、そうじゃのう。早くてひと月、遅くて半年と言ったところかのう」

「ひと月から半年……ですか。えーっと、では、その間はこの集落で過ごしてればいいですか?」

「出来ればそうあって欲しい。ギルやソフィア、サイラスらと付き合いこの世界や国について学ぶのが、お主にとって良い過ごし方になると思っておるがのう。この程度の提案はするが、こちらから無理強いや要求を押し付ける気は無いと理解して欲しい」

命令や指示では無さそうだが、出来れば集落の外には出て欲しくないと言う意志は感じる。

頭ごなしにそう告げないのは、一応おれの事を尊重してくれているのだろうか。


「では、例えばギルやソフィアと共に近隣の集落を巡ったり、商人のドナルドに誘われて彼の働きぶりを見に街に出ても問題は無いですね?」

「それはお主の判断に委ねるかのう。こちらとしては連絡の取れる場所いてくれれば良いゆえ。それに……それだけの好奇心と探求心を持ち合わせておったら、いつまでもこの小さな集落に留まるのは不可能であろうから。わしとしても、お主がここを飛び出し所在不明となる前には首根っこを掴みに……と考えておるゆえ」

口約束だが、全くなんの約束も無く放置されるよりもマシと考えるべきなのか。

それにおれとしても、段取り無しに王都や宮廷へ行くよりも、ある程度地盤を踏み固めて貰ってからの方が良い、と言うのは理解出来る話だ。

結局なる様にしかならないのが現実だが、ルーファスからの王都への誘いを待ちながらこの集落を拠点に生活を送るのが、一番安全で平凡な……おれらしい異世界生活の過ごし方となるのかもしれない。

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