第6話:兵力の均衡

国政や派閥の話を始めたら切りが無いのは分かっている。

しかし、折角ルーファスと二人で話す機会を得ているのだから、もう少し踏み込んでおきたい。

「――例えばの話ですけど、サリィズ王国内の全ての派閥や勢力の兵士数を合算した数値を100とした場合、各派閥の兵力を割合で数値化する事は可能でしょうか?」

この質問を投げ掛けると、少し場の空気感が変わった。

英雄の話をしていた時は熱気が目に見える様だったが、それが一気に冷めた様な感じだ。

よくよく考えてみると、どの地方にどの程度の兵力を保有している?と聞いてるに等しいので、これに答える事はルーファスからしてみれば国家機密の漏洩をしてる事になる。


「ふうむ、これはまた宮廷の参謀らと話しておる様な気がして来たのう」

そう言うとルーファスは背もたれに身体を預けた。

白く長い顎鬚あごひげを手で掴み揉みしだいている。

「細かな数値では無く概算で構いません。サリィズ王国の情勢の話をする為に必要な知識だと思っただけなので」

ルーファスは依然背もたれに身体を預けたままだった。

普段は会話の最中も姿勢の良い人なので、今の姿はとてもだらしなく見えてしまう。

もっともおれからすれば今の彼の方が親しみやすいが。

「なるほどのう……。よし、わしに分かる範囲でお主の問いに答えてやろう。まずはサリィズ王国内の全兵力を100とするのじゃな?」

そう言うと老魔法使いは背もたれから身体を起こした。

「ええ、はい。まずは、王家派と副都派と西都派の三派閥。これら以外は一括りにその他としましょう」

こちらからは概算で良いと告げているが、ルーファスの性質を考えると彼は己が知る限り正確な数値を示すだろうと思っていた。


「ふむ、全体を100とすると、現状の王家派の総兵力は30程度じゃろうな」

これは思いのほか少ない数値だった。

なんとなくだが王国という国家の在り方において、王家とは圧倒的な力を有しているイメージがあったので、少なくとも50以上はあるだろうと考えていたのだ。

「では、それに対して副都派と西都派はどうでしょう?」

「王家派を30とすると、副都派は25で西都派は20と言ったところかのう」

「そうなると残り25はその他の勢力となりますが、合ってますか?」

「うむ、わしの知る限りにおいては、今の数値で間違い無かろう」

この兵力の均衡具合は……率直に思うのは王家派以外のいずれかの勢力が共闘したら、すぐに王権が覆ってしまうのでは?ということ。

平和はなご時世ならまだしも、この世界の時代背景を鑑みると兵力の均衡は危うく感じてならない。

「その25もある、その他の勢力とは主に豪族が占めていると考えれば良いですか?」

「いや、単純に豪族が保有するであろう兵力の数値だけでは無いのう。森の民シンアや山岳の民ドラド……この他にも反王家を明確に打ち出しておるガーザムや、北の森の魔導師が率いるファラエという組織も合算しておいた」

これほど国内に不安要素を抱えたまま、よくも他国と戦争出来たものだな、と正直思う。

サリィズ王国側が先に攻め込まれたなら応戦する他ないが……。

それとも他の国々も似た様な状況なのだろうか?


「――それで、サリィズ王国の現状を知り、お主は何を思う?」

ルーファスはおれを真っすぐに見据えて問い掛けて来た。

「そうですね……現状は王家派にとっては危ういかと思いました。副都派と西都派が手を結べば国家転覆は為し得れるでしょうし。王家派は兵力を、せめて副都派と西都派を合算したよりも多く保有しなければ、王権を正常に維持できないのでは?」

「これが百年前であれば、王家派が50、副都派が20、西都派が10……そしてその他勢力が20と答えていたと思うがのう」

「それは王家派が減衰した……と言うよりは他の派閥が躍進した結果ですか」

「その両方に寄る結果じゃ。第七次にまで及んだ森林戦争が王家派主導だったと言えば、お主であらば察しがつくであろう?」

それを聞き今度はおれが背もたれに身体を預けた。

そして細く長く息を吐く。

片田舎の小さな集落でのんびりとスローライフを送る事が出来ると考えていたが、どうやら今後の身の振り方は真剣に考えた方が良さそうだ。

目の前の老魔法……国家の要職も司る宮廷魔導師が緊急で王都に召還されると言う事は、近々戦端が開いてもおかしくない状況なのかもしれない。

それを考えれば、集落長とベリンダとギルが宴の最中に深刻な表情を浮かべて話し合っていたのも合点がいく。


「――しかし、これは困ったのう。やはり王都へ連れて行くべきじゃろうか」

ルーファスはそう呟き、ため息を漏らした。

暫く口を閉ざしていたので国内情勢を鑑みて頭を悩ませているのかと思っていたが、どうやらそれとは別の問題が派生した様だ。

「それって……もしかして、おれを王都へ連れて行こうとしてます?」

「ううむ……いやいや、やはり今すぐは出来ぬよ。しかし、いつかはお主を王都へ招きたいと思うておる」

「今すぐ連れて行けないのは、やはりおれの身を案じての事ですか?」

確か前回この話題が挙がった時は、ササラ人の容姿で類稀なる特殊なギフトを有しているから目立ち過ぎる……と、心配されこの集落に置いて行くような事を言っていた。

優秀な官吏はさらえば良いと聞かされたばかりなので、おれ自身も今王都に行くのは時期尚早では?と思えてならない。

自衛の手段のひとつでも身に付けていれば、話は変わって来るが。

「宮廷の中には入れず街中で匿えば……と思わぬ事も無いがのう。しかし、わしは一度宮廷に立ちると次にいつ外に出られるか分からぬ身なのじゃ。いくらか供回りはつけてやれるが、お主の身の安全を保障すると断言は出来ぬ」

口惜しそうに言葉を漏らすと、ルーファスは手元の茶を飲み干して新たに淹れ始めた。

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