第3話:モデルケース
「――王国は貴族や代々続く騎士家の系譜を把握しておるがのう、地方豪族の系譜となると……果たしてどれほど正確な系図があることやら」
ルーファスはここで声のトーンを落とした。
まるで他人事の様に語っているが抜け目のない老魔法使いのことだから、恐らくは地方豪族の系譜に関して自ら調査している筈だ。
その結果が今の落胆ぶりを表しているのだろう。
「では、素性や得体の知れぬ豪族との養子縁組の禁止に出来ませんか?もしくは厳しい審査を設けるとか、国家が身元を保証する制度を新たに構築したり……」と、もっともらしい事を口にしてみたが、今いくつか挙げた提案は誰しもが思いつくことだ。
「程度の問題もあるが厳しい審査を設けてしまったら、地方豪族と貴族との縁組など不可能に等しいのう。豪族の身元を国家が身元を保証するというのは、確かに理想的に聞こえるが、しかしそれは厳しい審査を設けるのと然程変わり無いであろう?建国以来、豪族に関して半ば放置して来た我々は、一体何を基準に審査やら保証をするのか?と言う問題もある。そして我らは、その様な事に費やす時を有しておらぬ」
「本格的に身元保証の準備を始めると膨大な時間と人手が必要になりますからね。そうなると、貴族と不信な豪族との縁組は王国としては容認はしたく無いが、今は目を瞑る他ない……という事ですよね?」
そうしなければ、どれほど立派な大樹も根腐りを起こし……という話に繋がる訳だ。
こう言う綻びから、貴族支配や君主政治が終焉を迎える可能性は大いにあり得る。
「ふむ、そうじゃ。では、そろそろ話を元に戻そうかのう。それらを踏まえて、ソフィアの父親である宮廷薬師ライザール・ロンコードが、貴族から領地を譲渡される件について――」
ルーファスは改めてそう切り出した。
しかし、それから茶を一口二口と飲み喉を潤していたが一向に語り始める事は無かった。
依然、こちらの様子を観察してるみたいだが……。
これは、もしかしたらこちらの理解度を計られているのだろうか?
ルーファスが一方的に語りたいのであれば、先ほどの様に魔法か魔力制御でおれの口を封じてしまえばいい訳だし。
「――今までの話を考慮すると……」取りあえずそう切り出してみて、束の間だが老魔法使いの反応を伺ってみる。
彼は茶を啜りながら、うんうんと頷き返してきたのでこのまま所感を述べる事にした。
「下級貴族や騎士家の養子縁組や、貴族の領地分譲の流れが止められないなら、王国というか宮廷が現状で特に調査や審査を必要としない信用ある人物、資産家を選定して、当該の関係者に紹介する……みたいな事でしょうか?ルーファスとソフィアの父親との関係性を考えると、貴方から領地分譲の件をソフィアの父親に対し持ち掛けた可能性は、大いにあると思います」
そして恐らく領地を分譲する側のアードモア公爵とやらもグルなのでは?とも思った。
要するに出来レースと言うか、この件はモデルケースとして必ず成功させなければならない事業なのだろう。
「概ね正解じゃが、話を持ち掛けて来たのはソフィアの父ライザールからじゃ。まあ、あやつの耳に入る様に情報を流したのはわしじゃがな」
「なるほど。素性の怪しい豪族などでは無くて、今後は市井から信用ある資産家を多く募るための布石として、という事ですか。信用があると言うか……ルーファスやライザールが核となって動くという事は、王家派の人物を採用していきたい訳ですね?」
この話が真実であればソフィアが抱いた不安は杞憂となる。
ライザールが実の娘に対して、この計画の真意を伝えて無いという事は、今はまだ明るみに出したくない思惑がある様な気がするが……。
「王国内の全ての空き領地を王家派で埋める……とは考えておらぬが、主要な地点は押さえておかねばならぬ。それゆえ此度のライザールの案件は是が非でも成功させなければならぬと言う訳じゃ。大々的に成功例を喧伝し、こちらからの提案に対し躊躇しておる資産家の後押しとなればと、な」
「その、王家派の資産家は、例えば何に対して躊躇いを抱いているのでしょう?」
おれの問い掛けに対してか、老魔法使いは重い溜息を吐いていた。
一体ルーファスはおれに対してどの程度まで真実を語ってくれようとしているのか。
既に余所では軽口を叩けない領域だと、感じてはいるが。
「一番の問題は、爵位領地を得てしまったら戦地に駆り出されるのでは無いか?と言うことじゃ。資産だけ吸い取られていい様に使われるだけなのでは?という疑念は中々払拭出来ん」
「例えば爵位領地を得てから五年間は王国から出兵要請を出さないとか、もしくは規定の戦力を維持出来る様になるまでは戦争に出れない、と言った待遇を保証するとか。それか……出兵の代わりにそれ相応の対価を支払えば、出兵を免除するとかはどうですか?あとは少し目線を変えて……出兵期間中は税を軽減してみたり、とか。この国でどの様な税が施行されてあるかは分からないですけど、ね」
ルーファスを相手に余り適当な事ばかりをペラペラと言いたくは無いが、資産家であれば税の軽減は何よりも喜ばしい事なのでは?と思った訳だ。
この世界で税の軽減という発想が無ければより効果的だし、資産家からすれば好印象なのは間違いないはず。
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