第2話:没落貴族と騎士家断絶の増加

改めて思うのは、とんでもない人物に拾われたものだな、という事で。

目の前にいる人物は正に国家の柱石であり、国政に関与出来るほどの権力と影響力を有しているのだ。

ルーファスはおれに対して全く高圧的な態度を示さないが、それでも今更ながら胸中に緊張が宿ってしまう。

いや、しかしこれは渡りに船だ。

ソフィアの父親の件に関して相談するのに、彼以上の適任は王国内どころかこの世の中で他にはいない。

「――では、早速本題に入ります。まず初めに話したい事は、ソフィアの父親に関してです。宮廷薬師をしており、ルーファスとも浅からぬ仲だと聞きました」

「ふむ、ライザールの事じゃな。なるほどのう、領地や爵位の件はソフィアから相談を受けてのことか」

ルーファスとライザールの関係性については話に聞いていたので、領地や爵位絡みの件も知っているのでは?と思っていたが……。

「その口振りからすると、この件に関して関与してる、と言うことでしょうか?」

「関与はしておる。アードモア公爵ランカイゼエル家が保有するフォアロ男爵領を、ライザールへ譲渡する様に打診しておるところじゃ」

「それは……単に財政難を乗り切るための施策ですか?それとも政治的な……つまり王家派にとって必要な措置と言うか――」


おれとしては、ソフィアの父親を陰謀に巻き込むつもりは無いですね?と単刀直入に問い質したかったが、緊張のためか上手く言葉にする事が出来なかった。

依然、老魔法使いはじいっとおれの事を見据えていた。

魔法で心の中を見透かされている様で、背筋に汗ばみを感じる。

「今、この国はのう……長き戦乱の世を経て、王侯貴族も民草も総じて疲弊しておるのじゃ。森の民との森林戦争や隣国との争いで、多くの若い命を失ってしもうた」

何か受け答え様と喉を鳴らしたが、声を発する前に老魔法使いは手を広げおれの口を封じた。

呼吸は出来るが、声を出す事が出来ない。

「中でも甚大な被害を被ったのは、下級の貴族家と騎士家でな。この国の戦力の要となる若者たちが多く命を落としたのじゃ。そして現在起きておる大きな問題は、没落貴族と騎士家断絶の増加じゃ」

ここまで聞き、おれは漸くルーファスの意図を察した。

この国の戦後の状況を良く理解しなければ、ソフィアの父親の件を説明するのは難しいという事なのだろう。

今はもう声は出そうだったが、まだ話途中の様なので大人しく聞く姿勢を示した。


「王家や上級貴族の領地内の細かな集団……農村集落や荘園を実質的に管理しておるのは、下級貴族家や騎士家じゃからのう。ほれ、どの様な巨木であっても根が腐れてしもうては、葉は枯れ花は咲かず実りも無いのは分かるであろう?」

そして今度は不意に問い掛けられる。

どうやら一方的に持論を押し付けるつもりは無いみたいだ。

今まで彼と話していて強引な印象は受けなかったけれど、おれとの残り僅かな時間を無駄に過ごしたくない……と言う意図はあるのかもしれない。

「はい……分かります。疲弊してもまだ領地はあり民もいるので細かな集団や組織でも誰かしらが管理しなければならない、ですよね?」

「そうじゃ。それで人手不足に陥った没落や断絶を免れた下級貴族や騎士家の多くは、今までよりも積極的に養子縁組を行う様になった。それで、その相手が地方豪族や豪商や豪農となる訳じゃな」

「あの、話途中でスミマセン。地方豪族たる定義はありますか?下級貴族と騎士家と豪族との違いがあれば教えて欲しいです。豪商や豪農はなんとなくその成り立ちは分かる様な気がしてますけど……」

おれの認識からすると豪族とは古来からの土着の勢力と言った感じだが、果たしてこの世界でも言葉として同じ意味合いを有しているのだろうか。


「この時代、この国で言うところの地方豪族とはのう、サリィズ王国建国時に中立の立場を取った土着の勢力という認識で良い。建国時に敵対した勢力は悉く打ち滅ぼされ、協力した勢力には領地が分け与えられたのじゃ。現行の下級貴族の多くは、建国時に起きた戦いでサリィズ王国へ多大な支援をしたか、著しく活躍した元地方豪族が多い」

「なるほど。サリィズ王国の建国を機に明確な線引きがある訳ですね」

「ちなみに騎士家とは、代々騎士を輩出し続ける家柄のことを指しておる。騎士とは権力者が個人へ与えた一代限りの称号ゆえ、本来は権力や支配の継承は起こらぬが、国から騎士家と定められた場合のみ権力と支配の継承が認められておる」

「えーっと、それは騎士家の者は騎士を自称出来るということですか?もしくは騎士家が個人に対し騎士号を授けれるのか?と言うことなのですが」

「いや、それは無いのう。サリィズ王国内において個人に対し騎士号を授けれるのは、王侯貴族家の各当主に限られておるゆえ。ここで言う騎士の権力や支配とは荘園の管理運営を指しておるのじゃが……。本来であれば荘園とは貴族が有する領地の一部であり、その支配は領主が定めた人物に委ねられておるが、騎士家においては特別にその人事権を与えられておるのじゃ。現行の騎士家の多くは貴族家から複数の荘園管理を任されておるゆえ、その中でどの荘園をどの騎士に委ねるかは騎士家に権限が与えられておる、ということじゃな」


要するに貴族家は親会社で、騎士家は子会社もしくは下請け企業という認識でいいのだろうか。

そもそも元居た世界においても、貴族や騎士の制度は国家や時代によりけりだと本で読んだ記憶がある。

それをこの世界でも当てはめると、今ルーファスが話してくれた事はサリィズ王国の事情になるとは思うが、今ここで他国の事情まで持ち出されると混乱してしまうので止めておこう。

「えーっと、では、その荘園なり領地を実質的に管理運営してる下級貴族家や騎士家に、地方豪族らが介入するのは……サリィズ王国からするとあまり芳しくない状況の様な印象を受けましたけど、どうでしょうか?」

サリイズ王国建国時に協力的では無かった勢力が、恐らく不遇であったであろう時代を経て現状どの様な思想を抱いているのか分からない。

この機に乗じて王国内で名を上げ地位を向上させようと躍起になる勢力はあると思うが、これを機に力を蓄え王国に反旗を翻す勢力の樹立を……と言う様な動きをみせる勢力も少なからずあると思うが、果たして如何に。

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