第7章:Q&A
第1話:老魔法使いの家にて
ソフィアの身長は恐らく百六十五センチくらいで、骨格も肉付きもしっかりとしているので軽々と、とはいかない。
嫁入り前の娘なので体重うんぬんの話はしたく無いが……まあ、彼女の家は近所なのでおれでも背負って帰るくらいは出来るだろう。
今晩は元々ルーファスと話す気でいたので、酒を控え目にしていたのは幸いだった。
ソフィアを背に集落長の家を出ると外は完全に夜と化していた。
点在する篝火は勢い良く燃え盛っている。
空を見上げると今宵も良く晴れていて、紫と赤の月がふたつ浮かんでいた。
とても風光明媚な光景だが、改めてここが地球では無いと実感を得る。
月の位置が潮の満ち引きに影響を及ぼすのはこの世界でも同じだと思うが、元居た世界とは条件が異なるので現象も違うことだろう。
月の満ち欠けが体調や気分に影響すると言う話も耳にしたことがあった。
後は狼男とかは満月の夜に獣人化する……とか。
それらを踏まえると、この世界のふたつの月も人間の生活に多大なる影響を及ぼしている、はず。
どちらにせよソフィアを背負ったまま考察を深める事は出来ないので、先に進む事にした。
夜になると少し肌寒いので、背中で眠るソフィアの身体の温もりは心地よく感じた。
時折むにゃむにゃと言葉にならない声を漏らしていたが、眠りはかなり深そうだ。
彼女の家の前に立ち、なんとかドアをノックするとすぐにロッタ少年が出て来てくれた。
「ああ、ソフィア姉さまはまた酔い潰れてしまったのですね!」
少年は心配そうに声をあげていたが、然程慌ててる様子は見せなかった。
その言葉から彼女のお世話に慣れているのは察しが付く。
「このままソフィアの部屋に運んでいいかな?」
そう尋ねると、少年は「はいっ!」と甲高い声を上げパタパタと早足で彼女の部屋へと導いてくれた。
ソフィアの部屋は質素でとても良く整理整頓されてあった。
机とベッドと本棚と……薬品棚があるくらいだ。
家事は一切出来ないと聞いているので、この整然さはロッタ少年の献身の
ベッドへ彼女を下すと、少年は手早く濃緑のローブを剥ぎ取ってしまった。
すると薄着のソフィアはあられもない姿を晒す羽目に……。
「えーっと、ロッタ?おれはこれからルーファスと話があるから、もう行くよ」
恐らくロッタからすれば酔い潰れたソフィア姉様の介護をするのは日常茶飯事だろうから、この状況が不味いと感じて無い様な気がする。
部屋から退室間際に少年は「え?あ、はい!あの、リョウスケの料理美味しかったのです!」と声を掛けてくれた。
「それは良かった。また機会があればロッタにも教えてあげるよ」
「はいっ!」と、少年の元気の良い声を聞きおれはソフィアの家を後にした。
それからは道草を食わずルーファスの家へと足を向けた。
老魔法使いの家からは温かな灯りが見て取れる。
何処からが彼の敷地なのか分からないが、家前の菜園を通り玄関の前に立つとギギギと音を立ててドアが開いた。
さすが魔法使いの家だと思ったが、物理的にドアを開いてくれたのはルーファスで。
「お主の気配を察したのでな。さあ、中へ入れ」
彼はそう声を掛けると、床の上を滑る様に歩きいつもの席に着いた。
そして流れる様な所作で茶を淹れて、自らの対面へと置く。
おれはその席へ吸い込まれる様に腰かけた。
ふとテーブル端へ目を向けると、空の器が置いてある事に気が付く。
「――もう食事は終えたみたいですね」
そう尋ねると厳めしい老魔法使いの顔は珍しく綻びをみせた。
「ノーマが持って来てくれたのじゃ。リョウスケの国の料理で凄く美味しいと喜んでおったのう」
「器が空になっているところを見ると、ルーファスの口にも合ったと受け取っていいですかね?」
「おお、それは勿論じゃ。わしは肉よりも魚を好んで食べるが、今まで食べたどの魚料理よりも旨いと感じたわい」
老魔法使いは、かなりご機嫌そうな様子を見せてくれた。
彼は料理に関してお世辞を言うタイプには見えないので、ここは言葉通りの好評を素直に受け取る事にした。
「食後すぐに申し訳ないですけど、先ほど集落長の家でサイラスと話す機会があって。ルーファスは早ければ明後日の朝に王都へ向け出立すると聞いたので、少し二人で話しておきたいと思い、伺いました」
そう言い、まだゆらりと湯気立つ茶を一口啜った。
相変わらずの薄口だが、この風味にも慣れてきた。
「ふむ、そうか。わしもお主とは幾つか話しておきたい事があるが……取りあえずは、そちらの話を聞くとしようかのう」
「では、まず領地の分譲や爵位の販売についての話でも構わないですか?」
「ほう、その様な事にも興味があるのか。構わん、思うまま申すがよい」
ここでいきなりソフィアやその父親の件を切り出すよりも、まずはこの分野の一般常識を得る方が先だと考えていた。
ある程度話してしまえば、察しの良いルーファスなら自ずと気が付くだろうと思いつつ。
「サリィズ王国は戦後の財政難を切り抜ける為に、王侯貴族の領地を豪商や資産家に分譲していると聞きました。それは即ち領地と共に爵位も承れる、と言うことですか?」
そう問い掛けると、老魔法使いは白く長い髭を掴みおれの目を見据えていた。
相変わらずこちらの事を観察する様な目付きだが、これはおれだけに対してだけでは無く、彼は恐らく万事に対してそうなのかもしれない。
「その認識で間違いは無い。爵位とは領地を示す称号じゃからのう。故に一人の貴族が幾つもの爵位を有しておるのじゃ。財政難を乗り切るため、幾つも爵位を保有しておる貴族に対し
「あの……その口振りからすると、その法改正にルーファスは絡んでいますか?」
「絡んでるも何も、その法改正案を国王に対し具申したのは、わしじゃからな」
お偉い宮廷魔導師だとは聞いていたが、国政に提言が出来るほどの権力を有しているのだろうか?
いや……この話の流れからすると、宮廷魔導師と内務大臣や法務大臣とかを兼務してる可能性も無くはない。
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