第10話:噂の金髪娘

眠れるソフィアを見て、サイラスはその心情を隠す事なく表情に嫌悪を浮かべていた。

一方のアランは……実に愛おしそうな視線をソフィアへ向けている。

酒の席だし、ここはひとつアランの気持ちも探っておきたい所だが、その前にサイラスの気持ちを宥めておくことにした。

「――サイラスは……その、王都でソフィアと面識が?」

この問いを受けて、恐らくサイラスは己の心が乱れている事に気が付いたのだと思う。

彼は前のめりだった姿勢正して、静かに細く長く息を吐いていた。

そして普段どおりのクールな面持ちとなる……若干酔って紅潮しているけれど。

「失礼、醜態を晒しましたね。食事と酒が旨いので、少し酔いが回っていた様です」

「ああ、いやおれは全然気にして無いですよ」

「私がルーファス様の下で雑務係をしていた頃に、ソフィアは父親の手伝いで宮廷にいる事が多かったのです。今から七年ほど前の話になりますが」

何か精神系に作用する魔法をつかっているのか?と思う程に、サイラスは平静さを取り戻していた。

今から七年前となると、ソフィアは二十五歳と聞いた記憶があるので彼女が十八歳くらいの話になるのか。


「彼女は薬師の学校で、かなり優秀な成績を収めたと聞いてますけど」

「実際、評判は相当良かったですよ。御覧の通り容姿は良いですからね。イセリアでは重宝される神聖魔法の使い手であり、徒手の格闘では宮廷騎士を相手にしても引けを取らないと噂されてましたから」

話に宮廷騎士が出たのでアランへと目を向けてみた。

その噂は本当なのかい?という思いを込めて。

するとアランは「その頃、私はまだ宮廷騎士ではありませんでしたから、先輩方からは、当時王家主催の武芸お披露目に金髪の少女が出場して並みいる騎士を圧倒した……と聞いてます」とさらりと情報提供をしてくれた。

「あの、徒手の格闘とは素手の殴り合いって事ですよね?神聖魔法を習得する一環ででウリヤ流の格闘術を習うと言っていた様な気がしますけど、彼女は宮廷騎士に打ち勝つほどの腕前なのですか?」

恐らく国家の最強戦力であろう宮廷騎士に、当時十八歳のソフィアが殴り合いで打ち勝つと言う話は……戦闘に特化したギフトの持ち主なれど中々信じれるものでは無かった。

同じ女性の騎士が相手とか、手加減があったというのなら話は別だが。

「それは私も話だけしか知らないので、この集落にいる間に一度手合わせをお願いしたいと、考えてました。先輩方からは金髪の少女としか聞いて無かったので、それがまさか彼女とは思って無かったですけれど、今しがたお二人の話を聞いて合点がいった次第ですよ」


そうなって来ると、先ほどから感じていたアランがソフィアに向ける熱い視線の意味は恋愛感情では無い様に思えてきた。

しかし話を思い返してみると、まだサイラスとソフィアの接点は無い。

彼がそこまで毛嫌いする理由とは一体なんなのだろうか。

自分から根掘り葉掘り聞くのは気が引けるなと思っていたが、どうやらサイラスはこちらの気持ちを察してくれた様子だった。

「当時の私は宮廷魔法使いになる前の雑務係でしたから、ルーファス先生とソフィアの父親である宮廷薬師ライザール・ロンコードとの間で用を頼まれる事が多かったのです。彼女は薬師ライザールの助手でしたから、当然関わる事は多くありました」

そこまで聞くと今までの経緯から色々と目に浮かんでくる。

恐らく当時からソフィアとルーファスは犬猿の仲だったろうし、ルーファス先生に仕えているサイラスからすればソフィアと口論になる事も多々あった事だろう。

「あの……そうですね、おれはまだこの集落に来て間もないですけど、なんとなく当時のサイラスの大変さは分かる様な気がします」

「ルーファス先生と薬師ライザールはあの第七次森林戦争で苦楽を共にした仲なので、現在も親交深く正に盟友と言った関係性なのですが、双方とも歯に衣着せぬ物言いをされるので激しく対立される事も多々あるのです。ただでさえその間を取り持つのは大変で、先生の雑務係が務まるのは変人と揶揄されることすらあります。そこへ、その跳ね返り娘が先生と薬師ライザールの喧嘩に油を注ぐ言動を繰り返すので、今こうして当時を思い返しただけでも胃が痛む思いがします」

これを聞いてしまうと、最早サイラスに対しては同情しか抱けなくなってしまう。

そしてまた、ルーファスとソフィアがいる集落へ遣わされてしまったのだから堪ったものでは無いだろう。

いやむしろ……彼の様な変人だからこそ遣わされたと考えるべきか。


とにかくサイラスとソフィアの関係性についてはこのタイミングで聞いておいて正解だった。

これを知っていればこちらとしても色々と立ち回り方を考える事が出来る。

と、ここで項垂れて寝ていたソフィアがおれの方へと寄り掛かってきた。

あれ、もしかしたら狸寝入りをしてるのかな?と思ったが、寝息を聞く限り熟睡しているみたいだった。

「話途中ですが、ソフィアを家に連れて行きますね。このままここで寝かせておくのは可哀そうなので」

そう告げるとサイラスは言葉こそ発しなかったが、手の平でゴミを払う様な仕草を見せた。

それがアラン的にはツボに入ったのか、飲んでいた酒を吹き出す始末。

おれとサイラスはアランの慌て様を見て笑い声をあげた。


「――ところでサイラス?ルーファス先生はいつ頃に王都へ旅立たれるのかな?」

若干どさくさ紛れ感は否めないが、これは一番聞いておきたい事だった。

「明日……は無理ですね。また先生と一緒に森に入る予定ですから。早ければ明後日の朝かと。しかしこればかりはルーファス先生次第ですので、正確な日程は私には分かりかねます」

「早ければ明後日の朝、ですか。では、ソフィアを送り届けた後に、ルーファス先生と二人で話がしたい……のですが、それは可能でしょうか?」

ソフィアの父親の件、今後のおれの件とルーファスと話しておかなければならない事は山積している。

「それは……可能です。先生もリョウスケと二人で話す時を設けたいと仰ってましたから。私は今晩は集落長の家で世話になりますので、気兼ねなくお話ください」

「助かります。二人とはまた是非一緒に酒を飲みたいです」

そう言い、器に残っていた酒を一気に飲み干した。

それから立ち上がり未だ密談をしている集落長らへと声を掛ける。

「集落長!ソフィアが寝てしまったので、家に送り届けてきますね!」

酔いもあってか思いの外大声を張り上げてしまった。

密談の三人はびっくりしてこちらを見ていたが、直ぐに状況を察してくれた様子だった。


第6章

連日の歓迎会

END

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