第8話:二人の関係性
ソフィアに釜戸の火を消してもらい、卵を四つ投じてゆっくりと掻き混ぜた。
とろとろに溶けた黒パンだけではビジュアル的に良く無かったが、卵の色味が混ざるとそれなりの料理に見えてくる。
ここでふと、「属性石に点いた火を消すのって、魔力制御を止めればいいのかな?」と問いかけてみた。
何の気ない問い掛けだったがソフィアは「精霊魔法だと反属性魔力をぶつけて相殺して火を消すみたい。神聖魔法だと魔力供給を完全に停止するって習うけどね」と即答してくれた。
おれの興味心を分かってくれての説明に思わず笑みが零れ落ちた。
「もしかして精霊魔法では魔力供給の停止が難しいとか?」
「あ、そうそう。精霊魔法は大気に溢れるマナとの結実を重要視するから、魔力の完全遮断は好まれないらしいわね。それに比べると神聖魔法は個人の魔力の活用だからマナとの結実を気にする必要が無いってわけ」
「それじゃあおれみたいに魔力制御出来ない人はどうやって火を消すのさ?いちいち火消し出来る人を頼らなければならない?」と今度は素朴な質問。
それに対して答える前にソフィアは属性石の入れてあった壺を手にした。
「こう言う壺を火に被せたらすぐに消えるのよ。たしか、壺を作る際に魔力の影響を受けにくい素材を練り込むとかなんとか。点ける時も魔力制御が出来ない人は火打ち石でするらしいわよ」
万が一魔力制御が出来なくても自炊出来る道は残されてると知り、少なからずの安堵を得た。
それから仕上がった鍋を……再びソフィアに持って貰い、おれたちは腹ペコたちの待つ部屋へと帰還した。
部屋へ戻ると当初とは座ってる位置が変わっている事に気が付く。
集落長とギルとベリンダが奥側で顔を突き合わせ、その対極位置にサイラスとアランが座り酒を飲んでいた。
なんとなくだが、サイラスから集落側へ情報提供があったのかもな……と匂わせる配置だった。
ベリンダはおれたちを見てすぐに反応を示し腰を浮かせたが、かなり酒が深そうに見えたので、それを手で制した。
「いいよ、ベリンダは座ってて、おれが取り分けるから」
カチカチだったパンはナマズ鍋のスープを良く吸い込んでいるので、量的には全く問題ないと思う。
全員に均等に配って尚、集落長とギルとソフィアがお代わり出来そうなくらいは余っていた。
配膳を終えた途端から「うまい!美味しい!」と歓喜の声が上がる。
……と、皆一様に上々の反応を示しつつも集落側の集まりは密談状態を保ったままだったので、おれとソフィアはサイラス側へと加わる事にした。
テーブルの角を陣取りサイラスとアランが並び、その対面におれとソフィアが腰かける。
席に着くとまずはサイラスが声を上げた。
「リョウスケ!ああ、キミはなんて素晴らしい料理人なんだろう!王都で私の知人が料理店を営んでいるので、今すぐにキミを紹介したい!」
普段は冷静沈着そうな彼だが、今は頬も耳も紅潮しておりかなりイイ感じで酔いが回っている様子だ。
それに比べるとアランは顔色に変化は無いが、炊事場で話していた時よりも活き活きとした表情を浮かべていた。
「口に合ったのなら何よりです。この味なら王都で店を出してもやって行けそうですかね?」
そう言い腰を落ち着けてから漸くシメに手をつけた。
恐らく黒パンだけなら雑味が出てイマイチだったと思うが、木の実の爽やかさが良い感じに効いているし、最後の卵が上手く味を纏めてくれていた。
確かに美味い。
おれの料理人生で点数をつけるなら七十五点くらいだろうか。
要するに、元居た世界の住人の感覚からすれば至って普通の味わいだ。
ナマズの良い出汁が取れてる分いくらか加算して中の上の仕上がりと言った所で。
しかし、この出来でここまでの評価が得られるのは、何も持たざる者のおれからすればこれほど有難い事は無い。
「リョウスケが王都に店を出すと言うのなら、私は宮廷に仕える者たちから金を集めて投資しますよ。商人ギルドに知り合いもいるので立地の良い店舗も紹介出来ると思いますし」
サイラスはそう言い、シメを一口ずつじっくりと味わい堪能していた。
その口振りからして適当な話をしてる風では無い。
宮廷の仕えてるのだから当然世間一般よりも収入は多いだろうから、現実味はあると思うし。
「ちょっと待ちなさい、サイラス。リョウスケが王都に店を出すと言うのなら、私が父に掛け合ってお金を用意するわ」とソフィア。
彼女は既にシメを平らげてしまっていた。
まだまだ食べれそうな雰囲気はビンビンと伝わって来たので、鍋に残っていた分を注いで差し出すと、過去一番の至福の笑みを浮かべていた。
「ソフィア・ロンコード……。確かに貴女の御父上は宮廷薬師で資産家でもありますが、宮廷内や商人ギルドとの人間関係では私の方があると断言出来ますので、王都で商売をするのなら私と組む方が大きな成功を掴める、と思いますが――」
ご機嫌だったサイラスの口調が急転直下冷淡に。
目付きもあからさまに冷たく厳しい。
そしてこの会話で気が付いたが、恐らくソフィアとサイラスは以前から面識がある様な感じがする。
「あのねえ、サイラス?いけ好かないけど、父の正妻は大豪商バライズの娘なのよ?資金面でも商人ギルドとの関係性でも、宮廷魔法使いの貴方に私たちが負ける訳が無いじゃない。美食家気取りも良いけど、もう少し世の中の道理を弁えてから口を開きなさいな」
売り言葉に買い言葉だが……喧嘩早いソフィアの悪い所がここぞとばかりに溢れ出て来ている。
もしかして二人はそもそも犬猿の仲なのか?
いや、過去の関係性はさて置き、おれの事で喧嘩になるのは居た堪れないのでなんとか場を納めなければ……。
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