こちら魔族領魔王城前教会 ~このすばらしい異世界でゼロから始めるハウスダストクルセイダーズ~
第57話四方山話『魔王アーイシャ・ラズィーヤ・アル・ドゥルツと大宰相ジャアフル・アル・カーミル・アイユーブの関係』
第57話四方山話『魔王アーイシャ・ラズィーヤ・アル・ドゥルツと大宰相ジャアフル・アル・カーミル・アイユーブの関係』
今日も今日とてテレジアから逃げる為に魔王の執務室で暇を持て余していた涼花とおまけのカワサキは、珍しく魔王の近くにいない大宰相の事を尋ねた。
「そういえば、聖教国の多くは、王が諸侯に呼びかけて軍を集めていたけど、魔族領でもそうなの?」
「そうじゃのう。基本はそんな感じじゃが……」
涼花の質問に答える魔王は現状に思う所があるのかいいずらそうに口ごもる。
「やっぱり、諸侯軍は扱いずらいから大規模な直轄軍とかかしら?」
魔王は違うと首を振った。
「確かにそれもそうなんじゃがジャアフルがのぅ」
魔王は頭が痛そうにこめかみを押さえた。
あの大宰相が?と涼花とカワサキは首を傾げた。
そういえば珍しくあの特殊性癖大宰相の姿が魔王の側にない。
「実質奴の私兵、戦奴隷マルムークが魔王直轄軍の役割を果たしておる状況じゃ」
大宰相の戦奴隷と聞き二人は聞いた事のある噂を思い出して表情が固まった。
「つ、強そうですねぇ~」
「側近の私兵が最大兵力って危険じゃない?」
魔王は溜息を吐いた。
「奴が幼少から手塩にかけて育てた戦奴隷は贔屓目抜きで見ても魔族領最強で代わりがおらん。それにまぁ、奴がワシに反旗を翻すなんて太陽が東に沈むよりあり得んからのう」
どうしようもない信頼が魔王の口から洩れる。
涼花としては自身の親衛隊が負けるとは思いたくないが、反涼花連合軍の魔王軍内に一際錬度の高い軍勢がいた事を思い出した。
「幼少からって、あの変態大宰相が少年奴隷を買うなんて意外……もしかしてそっちの趣味も?それとも少女の戦奴隷?」
ワクワクとするカワサキとは正反対に若干引き気味の涼花にジャアフルの名誉を守る為か、二人が争うと面倒と思ったのか、魔王が自嘲気味に答えた。
「それはワシが送った奴隷じゃ」
それを聞き涼花とカワサキは思い出した。
二人の子供が欲しいと言ったジャアフルに魔王が少年奴隷ばかり何度も送りつけたと言う話を。
魔王から送られた奴隷を無碍にも出来ない大宰相は、十分な衣食住、教育を施し育て上げ、有能な官僚、戦奴隷集団に育て上げ、それぞれ魔族領内における内政と軍事の重要な地位を占めていた。
涼花はクルリと魔王を見てポツリと呟いた。
「自分が送った人材で完全に周囲を固められたわけね……」
なんとも言い難い表情の涼花の横でカワサキが何か気づいたようでワクワクと問いかけた。
「魔王様と大宰相さんはそんな昔から仲がいいんですか?」
「ジャアフルとワシ?」
カワサキは二人の関係に興味津々と尋ねた。
「はい!お二人はとても仲が良さそうなのでその馴れ初めを知りたくて~」
その発言に魔王は平然しながらも昔を思い出すように顎の下に指を当て、大宰相は見るからに上機嫌になった。
「物心つく前からの付き合いじゃな。家が近所で小さかったジャアフルはいつもワシの後ろを付いて回っておったのぅ──」
今の姿からは想像しずらかったのか涼花は眉を顰め、カワサキは何を想像したのか、ワクワクとした表情で続きを促した。
「──まぁ、その頃から口を開けば「結婚しよう」だったのは今も変らんが」
その執念に涼花は更に眉を顰めたが、カワサキはそれでも楽しそうに尋ねた。
「可愛らしい純粋な少年から愛の告白だなんて魔王様は昔らか魔性の女だったんですね!」
「……見た目は可愛らしかったかもしれんが、性格と行動は昔から全く変わっとらんぞ」
涼花の顔は完全に可哀想な者を見る目に変り、流石のカワサキも表情が硬くなった。
「最初はワシも可愛く思えてのぅ。こやつなら絶対に裏切らんと信頼できたし、色々可愛がっておったんじゃが……」
「もしかしなくても、結婚の約束したのね?」
涼花の質問に魔王は答えず遠くを見た。
「絶対に裏切らんので信頼もしとるんじゃがのぅ」
魔王は諦めたようにここではないどこか遠くを見た。
「いっそ別の誰かと結婚しては?」
カワサキが何気なく尋ねると魔王は遠い目をして諦めたかのように呟いた。
「そう言う話もあったにはあったんじゃがのぅ……」
「大宰相が黙っちゃいないんじゃない?」
涼花がそう言うと、魔王は疲れ果てた老人のようにお茶を啜った。
「大抵は見合い相手が辞退するか、不審死するか、何度か戦争になったこともあったのぅ」
二人は大宰相が恋敵を完膚なきまでに叩き潰した噂は本当だったのかと表情が僅かに固まった。
「こ、恋は戦争と言いますが……」
カワサキはフォローの言葉を捜すが、それ以上の事は言えなかった。
「中でも一番厄介だったのは、ジャアフルが急病と言って屋敷に閉じこもった事じゃった。それも家臣全員引き連れて」
国政の大部分に係わる大宰相とその家臣一同がその職務の一切を停止したらどうなるか。
「それは結婚どころの騒ぎじゃないわね……」
「幸い見合いを取りやめて、見舞いに行ったらすぐに機嫌を直してくれたが、見合い相手と勧めてきた相手は、国内混乱の陰謀を企んだ主犯として討伐、族滅の憂き目になったのぅ」
「族滅……」
魔王の見合い相手に相応しい家と魔王に結婚を勧められる家、有力な家が一族ごと地上から消滅した結果、ジャアフルの影響力が益々増したのは想像にかたくない。
そこまで語る魔王は見た目こそ幼女だが、その煤け方は出世を外れ燃え尽き症候群を患った元エリートの中年サラリーマンのようであった。
「二人とも」
魔王は幼子を見る老婆のような目で言った。
「結婚は出来るうちにしておくんじゃぞ?」
「「(アレが幼馴染じゃ、最初から……)」」
しかし、そこまで影響力のある大宰相はどれほど有能なのか。
涼花の中に疑問が浮かんだ。
「ねぇ、あの大宰相ってどれだけ有能なのよ」
「ジャアフルはたまに頭がおかしいだけで別にそんなに優秀ではないぞ?」
魔王は溜まった書類に筆を走らせながら答え、書き損じに気づき次の紙を用意した。
「でも、大宰相がいないと国が回らない程度には有能なんでしょ?」
「ジャアフル自身は凡夫じゃが、その家臣団が有能なんじゃよ」
魔王はコップから水を飲もうとし、中身が空である事に気付くと水差しから継ぎ足した。
「それじゃあ、大宰相自身の実力は?」
「事務ではケアレスミスを繰り返すし、戦争じゃ自分より弱い相手には勝てるが、強い相手からは恥も外聞も無く逃げ出す弱虫じゃ。基本的に間が抜けておるし、ワシか秘書官が見張ってないとどんなうっかりでミスをやらかすか……」
いつもより落ち付きない様子だったのは、見える範囲に大宰相がいなかったからなのかと涼花は納得した。
「……評価に困る人物評ね」
「唯一の長所はジャアフルもそれを重々承知しておって、策の提案や最終チェック等苦手な事どころか大抵の事は部下に丸投げしてる点じゃな」
魔王は手の付かない書類を横に押しやり、戸棚から菓子を取り出すと、二人と同じテーブルに向かいそれを広げた。
「それは一周回って有能じゃないの?」
「……まぁ、ワシが裏切らん限りジャアフルが裏切る事はないしのぅ。それだけでもジャアフル以外に大宰相は務まらん」
菓子を手に魔王は窓の外、眼では見えない遠くを見た。
「で、そこまで信頼しているならなんでアイツと結婚しないのよ?」
一瞬硬直する魔王にカワサキが追撃をかけた。
「大宰相様の事嫌いっていうわけじゃあないですよね?」
魔王は小さくため息を吐くと先ほどまで決済していた書類を押しやり、戸棚より強い酒の入った瓶を取り出すとグラスに注ぎ呷った。
「ふぅ。嫌ってはおらんよ。じゃがああいう奴じゃからのぅ……」
魔王は再度琥珀色の液体をグラスに注ぐと揺らしてそれを眺めた。
「下手に結婚してみよ。ワシに溺れて国政を蔑にしかねん」
魔王は机にぐでーと伸び、気難しそうに目を瞑る。
「そうですか?ああ見えて公私はちゃんと分けそうな気もしますが?」
そうかのぅ~っと、魔王はゴロゴロとしながら目を開けた。
「まぁ、何にせよ。もう少し国内を安定させてからじゃな」
聖教との戦争が終わり、魔王領とその周辺も安定してきている。
魔王はグラスの中身を一息で呷ると書類を手元に引き寄せた。
その時、大きな音を立てて執務室の扉が開かれた。
「魔王様っ!周辺勢力の一部を調略に成功しました!褒美に結婚してください!!」
こちら魔族領魔王城前教会 ~このすばらしい異世界でゼロから始めるハウスダストクルセイダーズ~ 名久井悟朗 @gorounakuoi00
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