第52話エピローグ こちら魔族領魔王城前教会

「涼花ぁっ!!」

 真新しい教会内に凛とした若い女性の怒鳴り声が響き、外を歩いていた通行人が何事かと訝しげに扉に目をやりながらその前を通り過ぎる。

「何ですかテレジアさん。そんな大声で怒鳴って」

 床に布を敷き、その上で胡坐をかいて何やら木を削っていた涼花が不満げに答えた。

「何ですかじゃない!!また勝手に貯蔵庫のワインを飲んだだろうっ!ミサ用のワインに手を出すなと何度言ったらわかるんだ!!」

 心当たりのあった涼花は、額に汗を浮かべ明後日の方向を向きながらとぼけた声を上げる。

「そ、それはアタシじゃなくて……」

「お前以外に誰が教会のワインを盗むと言うんだ!」

 酒を飲まないカワサキは勿論、金に困っていないオタカルやテレジアが教会のワインを盗む事はまず考えられない。

「ほら、外部犯の可能性だってあるじゃないですか」

「教会に盗みに入ってワインだけ盗んでいく泥棒があるか!!」

 ぐぅの音も出ない正論にこれ以上言い訳をしても仕方ないと涼花は開き直った。

「ど、どうせこんな場所でミサをやったところで人なんて来ないんですから、ちゃんと美味しく呑んでやるのが人情ってものでしょ」

 『こんな場所』という台詞がテレジアの怒りに触れた。

「誰のせいで私やオタカルまでこんな場所にいると思っているんだっ!!!」

 対涼花大同盟決戦の後、テレジアの手によって捕まえられた涼花は、聖教、魔族合同裁判にかけられた。

 この裁判は当然のように混迷した。

 涼花という共通の敵が立ちはだかっていたいたからこそ、両陣営は辛うじて折れる事、譲り合う事、問題の棚上げが出来ていた。

 しかしその敵、涼花が無力化されてしまった時、互いの利益を奪い合い、負債は押し付け合い、過去の因縁は穿り出され、あの連合軍はなんだったのかと思うほどの醜態を晒した。

 それでも大同盟を主導した者達の尽力により、幾つかの早期解決が必要な案件や比較的容易い案件から少しづつ話はまとまっていった。

 その中でも最も荒れたのが涼花の処遇であった。

 反涼花派の声は当然のように大きかったが、意外にも親涼花派の声も大きかった。

 故に涼花の処刑は、反乱や新たな戦争勃発の可能性のみならず、彼女を神格化する者達の出現の危険性により早々に却下された。

 最も、死刑に関しては反涼花派も「本気で抵抗されたら恐い」「そもそも死ぬのか?」とあまり望んでおらず、これは半分当然の流れだった。

 問題は涼花を殺さずどうするのかという点だった。

 無罪放免で野放しなど当然不可能。

 かと言って監獄に入れては、間違いなく脱走される。

 処刑も投獄も不可能なら、比較的監視しやすい教皇領近くの小島の領主に封じる案もあったが、島を脱出され再度制服活動をされては困る。という意見と、近くにいられると恐くて夜も眠れないという聖教側、特に貴族達の訴えによって却下された。

 では、絶海の孤島に流してしまえという案も出たが「十分な監視の届かない所に置く方が危険だ」「奴なら泳いで帰って来る」とこれもまた廃案に。

 決闘騒ぎ、貴族への徴税、半数以上の聖戦国家崩壊、決戦での獅子奮迅の戦い等で聖教側は恐怖症じみた畏怖を涼花に抱いてしまっており、彼女の身柄は魔族領へ押し付けられる事となった。

 なったのだが、魔王としても涼花のようなトリックスターのお守は当然嫌がった。

 聖教側としても今まで最悪の敵であった相手に最悪の化物をただ預けるというのは不安であった。

 幾度もの会議の結果、魔王のお膝元で涼花に名誉職を与えつつ、聖教側の人間に監視させようという事で落ち着いた。

 そして、肝心の涼花を監視、掣肘出来る人間となると……当然一人しかいなかった。

「あ、いえ、言い過ぎました!許して下さいテレジアさん!!」

「涼花!お前のせいで私はどれだけの物を失ったと思ってるんだ!!」

 テレジアは名目こそ大司教のままであったが、教徒など殆どいない魔都に建てられた小さなの教会に追いやられ、涼花のお守まで押し付けられる始末。

 寿退職の道も婚約者のオタカルまで一緒に飛ばされては夢のまた夢。

 涼花もその事は当然知っているので、ますますテレジアに頭が上がらなくなった。

 コンコンッ

 追い詰められそうになってい涼花の救いの主が教会の戸をノックした。

「きゃ、客ですよテレジアさん!アタシ出てきますっ!!」

「ちょ、涼花話はまだ……全くあの馬鹿は」

 愚痴るテレジアの喉をいわたり、カワサキが水を差し出した。

 涼花は後を一切振り向かず扉までたどり着くと、素早く取っ手を引きながら口を開いた。

「こちら魔族領魔王城前教会!」

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