第38話アタシ達の歌を聴けー!!!!!
「どうするんですか勇者様!?右翼前衛は既に崩壊寸前ですよ!?」
オタカルが動揺し、焦り涼花に問いただした。
両軍がぶつかり僅かな時間しか経過していないにもかかわらず、右翼では既に徴兵した聖教徒の部隊は半壊、トリポリ伯軍は右翼の中程までに食い込んできている。
幸いな事に右翼側面は海に面している為、回りこまれ半包囲される危険性は無いが、逆に戦意を失った聖教徒兵の逃げ道をも失い、彼等は成すがままに虐殺され続けている。
「大丈夫よ。全体をよく見なさい」
神輿の上に仁王立ちし、堂々と腕を組んだまま涼花は毅然とした態度で言い放つ。
たしかに、右翼こそ崩壊しかかってはいるが、それでも聖戦軍で最も魔術師の多い──トリポリ伯軍と比べれば圧倒的に少ない──法族兵隊は、今までの恨みを晴らせとその士気の高く、僅かに押されてはいるものの十分に善戦している。
また、右翼の親衛隊は魔術師が最も少ないにもかかわらず、その狂信のなす士気の高さから最も戦果を上げ、逆に徐々に戦線を押している。
今までも市街戦でその士気の高さ、戦闘力を知っていたオタカルであったが、実際に大規模開戦でその異様な戦い方を観て彼は味方の強さに頼もしさより恐ろしさを感じていた。
正直誰も命を厭わない戦いに引いていた。
しかし、いくら親衛隊が活躍しようと法族が善戦しようと全体的に優勢なのはトリポリ伯軍であり、このままいけば右翼は完全に崩壊し敗北は必至である。
だからと言ってこのまま撤退しては、危ういバランスの上で成り立っている聖戦軍の統治は崩壊。
涼花は勿論、主要人物扱いをされているオタカルの命も危ない。
オタカルの頭の中では今この場で命をかけ涼花をとり押させ降伏する案すら浮かびつつあった。
そんな事を考えつつ涼花を盗み見ると彼女はニヤリと笑った。
その動作にオタカルのみならず、周りに控えていた法族や聖教徒の代表、そして親衛隊の面々はその笑みに目が吸い寄せられた。
「──我が軍の右翼は崩れかかっている。中央は押され、撤退は不可能──」
そんな事わかっている。
涼花の言葉を聞いていた数名かが同じ事を思った。
しかし、そうでありながらなにも言えず、目も離せず、耳は涼花の声を一言一句聞き逃すまいと集中していた。
「──状況は最高。これより反撃をする!!」
右手を掲げる涼花。
聞き入っていた聴衆、聖教徒も法族も親衛隊も皆涼花に倣っていた。
「聖戦行軍歌!(クロイツファーラー・マーシュ)──」
涼花の自身に満ち溢れた掛け声が戦線に響き渡り、軍楽隊が楽器を構えた。
「──斉唱!!」
振り下ろされた右手に合わせ、音楽が鳴り響く。
それに続き、あちらこちらからポツポツと歌声が上がる。
『聖なるかな 聖なるかな』
トリポリ伯軍は悲鳴を上げた。
死を目前にしながら必死に槍を繰り出している兵が、地に倒れいつ死んでもおかしくない虫の息の兵が、今正に己が剣により腹を抉られながらも槍を杖に狂気に目を爛々と光らせた兵が、天から響いた少女の声に狂気し、何処からかかすかに聞こえる伴奏に合わせ歌った。
皆一同に歌を歌いながら狂気に身を震わせ、死したかに見えた者すら起き上がり、今だ僅かに残っていた生への渇望を捨てたように勇者の敵へ我武者羅に襲い掛かった。
ポツポツとした歌声は次第に大きな合唱となっていく。
『勇者率いし神の軍 悪しき者共滅ぼさん』
右翼は磨り潰された聖教徒の前衛を乗り越えるように、後衛の親衛隊が前に躍り出た。
勢いづいていたトリポリ伯軍の魔術師は、弱兵だった今までの敵と打って変わって狂気の死兵を目の前に怖気づき足を止めた。
狂信が正気であれば抗う事の出来ない魔術師の作り出したうねりを打ち破り、逆にその士気を打ち砕く狂気大波を作り出す。
『敵は幾万ありとても 神の前には塵と消え』
元々親衛隊に奮戦により聖教徒側が優勢であった左翼では、行軍歌によりトリポリ伯軍は恐慌状態へ陥り、親衛隊は更に勢いづき奮戦。
親衛隊は枯れ草に火を灯したかのような猛烈な勢いでトリポリ伯軍右翼を粉砕した。
『偉大なる神の選びし勇者様 神の敵共打ち砕く』
トリポリ伯軍右翼を撃破した聖戦軍左翼は、中央に近い部隊は中央に加勢し残りは前進した。
聖戦軍最左翼が完全にトリポリ伯群を抜き、その背後を視界に捉えた時聖戦軍の陣容は斜頚陣に近い物となっていた。
聖戦軍全体が巨大な合唱隊となった時、聖戦軍とトリポリ伯軍との優勢は逆転していた。
『聖なるかな 聖なるかな』
トリポリ伯軍は一面を海に阻まれ、前方と片面は敵の苛烈な攻撃に晒され、更にはその狂気じみた敵が誰もが一度は聞いた事のある教会音楽のリズムで歌を歌いながら迫り来るのだ。
指揮を失い潰走するまでそう時間はかからなかった。
この光景をこの世界の人間で誰が信じられるだろうか。
非魔術師により魔術師が追い立てられ蹂躙されるというこの光景は、まさにおとぎ話ですらあり得ない狂人の妄想のようであった。
『勇者のしもべ我々の 正しき正義示す為』
「囲師必闕。完全に包囲しては駄目よ!――逃げ道はちゃんと残しなさい」
マーチに混じり涼花の指示が響く。
狂気に魅入られ暴走しているかのようにしか見えなかった親衛隊は、その指示に忠実に従った。
後方の退路を狭めつつも完全には塞がず、その唯一の通路に向け槍を向け矢を放った。
狭い唯一の通路に潰走し、まともな判断も出来ないトリポリ伯軍の兵は目の前の活路に殺到した。
上から後から降り注ぐ矢に殺される者は幸いであった。
仲間内で押し合い圧し合い、時には殴り、刃さえ向け、その勢いに飲まれ倒れた者はそのまま味方に何度も何度も踏まれ、次第にうめき声すら上げなくなった。
『神の敵共滅ぼさん 我等死せども楽園へ』
そのような地獄を何とか脱出し、命からがら故郷へと逃げ帰ろうとする者に涼花は最後の号令をかけた。
「カワサキ!出番よ!!」
その声に答える様に馬の嘶きと荒っぽいハスキーな女性の声が掛け声を上げた。
「涼花のアネゴの号令だ!テメェ等!気合入れてぶっ飛ばすぞごらぁァっ!!」
「「「イヤァッハーーーーッ!!!」」」
大勢の叫び声と共に後方で待機していた騎兵三〇〇が弩派手な様相で飛び出ると、潰走するトリポリ伯軍──もはや、軍と呼べるような統率はないが──へと襲い掛かった。
騎兵の先頭では、セーラー服以外はまるで面影のないカワサキが大声を上げ長弓を引き絞っていた。
そのようそうにオタカルは驚きの声を上げた。
「も、もしかしてあれがカワサキさんですか?」
涼花に関して以外はオドオドし、猫背気味であったあの気弱な少女が、どの様な屈強な戦士よりも逞しく騎馬を駆って巨大な弓を引く。
その体は明らかに二周り近く大きく見えるのは只の錯覚ではない。
以前の姿が気弱な文学少女と例えるならば、今は正に遊牧蛮族の女頭目の如き変貌である。
「あれ?言ってなかったかしら?カワサキの実家牧場やってるのよ」
「なんに理由にもなってませんよっ!?」
当然の怒りにオタカルは素で怒鳴った。
「冗談よ。カワサキの祖父が古武術オタクで幼い頃から流鏑馬やら馬上槍やら叩き込んでたらしいのよ。それで馬に跨ると性格が変わるのよ」
「変るのよ。って、勇者様の国ではそれが普通の事なんですか?」
「そんなわけないじゃない!あたしが知っている限りカワサキ家だけよ!」
「一体どんな一族なんですか……」
傍迷惑な一族だが、この勇者は性格が変った方が平和かもしれないとオタカルは思った。
「まぁ、あんたが驚いたように奥の手として隠しておいたけど、ここに至っては大いに役立ったわね!」
『偉大なる神のしもべ勇者様 神の国へと導かん』
カワサキ率いる騎兵隊は、その殆どが軽装騎兵で編成されており、敗走するトリポリ伯軍に対し適度な距離を保ちつつ存分に矢や遠距離魔法を打ち込み、脱落し抵抗できなくなった者には曲剣で止めを指した。
そして、抵抗の兆しが見えれば僅かな重装騎兵を突撃させ、その希望を打ち砕かせた。
この執拗なまでの追撃により無事にトリポリ市までたどり着いた兵は五〇〇に満たなかった。
『聖なるかな 聖なるかな』
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