第37話四方山話『トリポリ伯配下の魔術師ジャン・シラク』
非魔術師の兵など何十人いようと軽々吹き飛ばしてやる。
トリポリ伯配下の魔術師、ジャン・シラクはいつも通り超巨剣を力任せに振り切った。
その凶刃は、ジャンの意図を過たず力を発揮し、恐ろしき破壊力を持って半径3メートル以内の存在を血肉へと変えて周囲に降り撒いた。
ガンッ!
硬い金属音がした。
ジャンはこの周辺から強い魔力を感じておらず、魔術師がいない事を知っていた。
であれば、魔術師であるジャンに抵抗出来る存在などいるはずもなく、いつも通り一方的な暴力を振り撒いたはずなのに今日は何かが違った。
ドフッ!
通常の雑兵であれば、魔術師を目前にその振り撒く魔力、圧倒的な暴力によって生まれる迫力に怯え、萎縮し、行動を停止し、抵抗すら出来ず殺されていく。
そして、切り飛ばされた元敵兵だった欠片は、振るわれた暴力の余波により反対方向、敵兵の方へと吹き飛んでいく事が殆どで、強大な者は返り血すら浴びない事があった。
しかし、極稀に圧倒的強者である魔術師に脅えず、死を承知の上決死の突撃を仕掛けてくる者がいる。
そんな蛮勇の狂人は、斬られながらも勢いそのままに暴力の余波を乗り越え、手に持った武器、身体の一部ともすれば身体の一部が魔術師に届くという理解し難い現象が極稀に起こる。
熟練の老魔術師が生涯に一度経験するかしないかの頻度の話しだ。
それは、生物が産まれながらに持っている生存欲、本能的な死への恐怖心を意志の力で押しつぶし、全力で死に飛び込まなければ不可能な狂気の死兵。
べちゃっ!
しかし、ジャンが今切り殺した四人の雑兵……否、親衛隊員はその四人全員がその狂気の死兵だった。
斬り飛ばされた槍の穂先がジャンの鎧に当たり弾かれる。
上半身が吹き飛び、残された下半身のみが勢いそのままにジャンの腰にぶつかる。
弾け飛んだ臓物がジャンの顔に飛び散る。
「……っっ!?なんだこれはっ!!?コイツ等頭がおかしいのかっぁ!!?」
目の前で起こった理解できない狂気に、ジャンは一瞬己の目を、正気を疑った。
ガジュッ!
その一瞬の隙に白銀が煌いた。
死した親衛隊員のすぐ背後の親衛隊員が、目の前で猛威を振るった死の暴風に脅える事無く突撃し、今だ宙に舞う血煙の内より魔術師ジャンの顔面目掛け槍を放った。
ひたすら訓練を繰り返した鋭い一線は、過たず兜のバイザーの隙間から眼光を穿ち脳へと至った。
その横で猛者名高き魔術師ジャンが、非魔術師によってあっさりと打ち倒された光景を目の当たりにしたトリポリ伯軍の魔術師、兵士達はその現実に驚愕し、認めまいと屍となり崩れ落ちたジャンに駆け寄った。
「ジャンっ!しっかりしろジャンっ!?」
涼花により鍛え上げれた親衛隊員がその隙を見逃すわけがなかった。
我に返った魔術師が気付いた時には、死を恐れぬ親衛隊の襲い掛かる姿が目前に迫っていた。
魔術師は咄嗟に超巨剣を突き出し、親衛隊の一人を串刺しにした。
「なぁっ!!?」
しかし、その親衛隊員は超巨剣に腹を貫かれたまま、狂気の表情で超巨剣を手繰り寄せるように自らの腹にズブズブと埋め魔術師に迫った。
「させるかぁ狂人めぇっ!!……がっっ!!?」
非魔術師である親衛隊員の狂気に脅えた魔術師は、その恐怖のまま超巨剣を振るい瀕死の親衛隊員を吹き飛ばそうとした。
そして、その大降りな動作の脇から別の親衛隊員達が一斉に槍を突き出し、瀕死の親衛隊員ごと魔術師を狙った。
その内の一本が魔術師の脇の下を貫き心の臓へと達した。
続け様に非魔術師により強大な魔術師が打ち倒される様を目撃したトリポリ伯軍の魔術師、兵士達は恐怖した。
殺しても殺しても死に臆する事無く次から次へと襲い掛かる狂気の死兵。
次第にトリポリ伯軍は自分達が戦っているのは人ではないのではないかと、伝説に謳われる地獄の不死の軍と戦ってるのではないか。
死者の軍、神の軍、悪魔の軍と戦ってるのではないと恐怖した。
その恐怖は更なる死を呼び、その死は更なる恐怖を呼び、次第に大きくなる恐怖は左翼全体に伝染した。
恐怖が限界にまで達しようとした時、戦場全体に強い意志の少女の声が響いた。
「聖戦行軍歌!(クロイツファーラー・マーシュ)──」
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