第36話突っ込みなさい!死ぬとわかっていても突っ込むしかないのよ。

 激突と同時に聖戦軍の兵士が吹き飛んだ。

 それは、比喩でも誇張でもなく、右翼最前線の兵士十数名が、激突と同時にトリポリ伯軍によって吹き飛ばされ、バラバラになって宙に舞ったのだ。

 聖教徒の魔術師が好んで使う十字の超巨剣ヘビー・ツーハンデッドソード、魔術によって強化された彼等の膂力によって振り回されるそれに振れた物は、それが皮鎧を着ていようが、板金鎧を着ていようがバターの如く抵抗無く両断され、振るわれた衝撃により血と肉と臓物の雨となり周囲に降り注いだ。

 血煙の向こう、兜の内側にあってなお、超巨剣を振り上げる魔術師の獰猛な捕食者、否、玩具を玩ぶ残虐な殺戮者の笑みが聖戦軍聖教徒達を恐怖させた。

 同じ聖教徒でありながら、何故自分達は勇者を自称する悪魔の仲間なって戦ってしまったのか。

 コレが神の罰なのだろうか。

 只人が魔術師に勝てるわけなどないのに……。

 幾人もの聖戦軍聖教徒が持ったそのような刹那の迷い、その幾つかが次の瞬間、容赦なく振り下ろされた二撃目によって赤黒い飛沫に変えられた。

 その衝撃は右翼全体に伝播した。

 我を失い立ち尽くす者、その場に崩れ落ちる者、半狂乱になり逃げ出そうとする者、逃げ出さず槍を構えたままの兵も多くいるが、そのうち勝てると思っている者は微塵も存在しなかった。

 ただ、背を向けて逃げたところで生きて帰れると思ってはいない者、故郷に残した家族がどうなるか考える者、どうせ死ぬのなら正面から戦って死にたい者、思考を拒否しただ今行っていた行動を続けるだけの者……

 何であれ逃げ出さず前を向いてい戦った者は幸いであった。

 大抵は一撃で痛みもなく死ぬ。

 それはこの場において比較的幸運死だった。

 また、名誉も守られた。

 それとは反対に小賢しくも逃げ出した者達は名誉すら失う事となった。

 逃げ出す事は仕方のない事、いや実際当然の事であった。

 圧倒的な力により目の前、真横にいた人間が物言わぬ肉塊と化し吹き飛んだ時点で雑兵、普通の兵であればその士気は砂糖菓子の如く崩れ、前線は砂の城よりも脆く崩壊するものである。

 それが、魔術師には非魔術師が勝てないと言われる所以である。

 実際の所、闇討ちや不意打ちを除いても個人個人の戦いにおいて魔術師が非魔術師に倒された例など山の数ほどある。

 しかし、戦場と言う群れと群れの戦いにおいては、魔術師の力は単純な戦力以上に士気という巨大なうねりを作り全てを飲み干す大波となる。

 そうなれば、ただの人ほどの力しか持たない人など一たまりもない。

 逃げられないと思っても逃げるしかないのだ。

 そして、逃げ出そうと後方へと下がり振り返った兵の目前には鈍い輝きを宿した刃、後方に配置された親衛隊の槍先だった。

 そして、その日光を浴びギラギラと輝く刃は、逃げ出そうとした兵の喉を何の躊躇もなく過たず突き刺した。

 驚愕と恐怖に濡れた逃亡兵の喉から槍先が引き抜かれる。

 ヒューヒューという情けなくも声にならない叫びがこぼれ、それと同時に赤黒き鮮血が噴出した。

 逃亡兵達は、恐怖と混乱から怒鳴り声を上げよう親衛隊を睨み、その眼を見て言葉を失った。

 親衛隊達は、前方で舞い狂う死の嵐を目にしながら、その眼に一切の恐怖はなく、信仰の実現に狂喜し、その最上の名誉を目前に闘争しようとしている逃亡兵こそ何よりも恥ずべき敵だと語っていた。

 ならば左右に逃げれば。

 否。

 右翼は海に面しており逃げ場はない。

 中央を突っ切るにしても、そこに配置された法族兵の士気は親衛隊ほどでは無いにせよ非常に高く、それを越えたとしてもその先には狂気の親衛隊が配置されている。

 進むも地獄、引くも地獄、左右も地獄。

 地獄に包囲されている事に気付いた聖戦兵達は、遅すぎる選択しなき決断を迫られたその時

「聖戦行軍歌!(クロイツファーラー・マーシュ)──」

 涼花の驚くほどに通る、糞デカイ声が戦場に響いた。


 

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