第35話全軍突撃っ!(チャージ!)
「なっ!?あの異端勇者め!口上すら無しに攻めてくるとは何処の蛮族、異教徒と同じではないかっ!」
「閣下!トリポリ伯!どういたしましょう!?」
「……っ!?前進せよっ!!」
トリポリ伯レーモン・ド・サン=ジルは、表面上は冷静を保ってはいるが、その内心はとても穏やかであるとは言えなかった。
勇者率いる聖戦軍が援軍として派兵されると聞いた時は半信半疑であったが、実際にビザンチンまで来ているとわかった時は有力者を集め宴を開く程度には喜んだ。
その勇者と聖戦軍が歴史上比類無い程に精鋭だとの噂を聞いた時など、噂半分と思いながらも心の中では小躍りしたほどだ。
しかし、その勇者聖戦軍がよりにもよってアンティオキア公国へ入ったとわかった時には、杯を落としてしまった。
さらには、その勇者が入城直後アンティオキア公を裏切り魔族と組んで国を乗っ取ったと聞いた時には、自身の耳を疑い、その後伝令の正気を疑い、余波の影響で起きた領内の反乱と紛れもない事実である事がわかった時は神を疑った。
アンティオキア市を乗っ取った勇者は、そのまま瞬く間にアンティオキア全土を奪い取り、建前上魔族と聖教徒が等しく生活しているという報告を聞いた時には何も信じれなくなった。
僅かな期間に歴代トリポリ伯の誰もが聞いた事のないほどの質と量の情報に驚きながらも、伯はすぐさま領内の意見を取りまとめつつ、同時に勇者に対しその行動を問いただす書状を送った。
伯としては、文面こそ強気ながらも勇者の弁明なり、反論なり対話により状況を探る事が目的であった。
しかし、勇者の判断が早すぎた。
伯から手紙が届くやいないや、即日にそれを悪辣な侵略者からの宣戦布告と喧伝しながら逆にトリポリ伯国に侵攻を開始してきたのだ。
即戦争状態になるなんて思ってもいなかった伯を余所に、聖戦軍はトリポリ伯国内各地で略奪を免除する代わりに軍勢を徴収、幸い払える限度額ギリギリであった為、略奪されたという話しは聞かなかった。
しかし、余所からやって来て武力を背景に特別税を徴収する聖戦軍よりも、それ許すトリポリ伯に対し反感や恨みを抱く領民や貴族が現れた。
慌てたトリポリ伯は何よりも速度を重視しそれなりの軍勢を召集して聖戦軍も下へ進軍した。
これが良くなかった。
軍は数こそそれなりであったが、強権的に無理矢理集めた兵や貴族の士気は低く、統率は不十分、また兵糧も不十分であり途中の村々で強引に徴発するしかなかった。
そしてこの徴発は略奪に近かった。
指揮も統率も低い軍は、自国内でありながら乱暴狼藉を繰り返し、この状況下では伯も強く非難する事はできなかった。
聖戦軍に近づけば近づくほどこの傾向は増した。
何故なら聖戦軍周辺の村々はトリポリ伯の徴発よりも先に余剰分を軍税として取られていたからである。
これ以上取られれば生活に困る村々は必死に抵抗し、トリポリ伯軍は飢えと自国領民と戦うという状況に士気をドンドンと下げていった。
そして、やっとの事で聖戦軍の前までつれてくる事が出来た伯は、聖教徒同士の戦の作法にのっとり、まずは軍使を送り、どのような口上で相手の士気を下げ、自軍の士気を上げるかを考えていた。
しかし、涼花はトリポリ伯軍が行軍を停止させたその瞬間を狙い、言葉を交わす意思さえ見せず攻撃を開始した。
トリポリ伯は咄嗟の判断で前進を命じた時やっと気付いたのだ。
勇者を名乗るその存在が、紛うことなき敵である事に。
予想や常識の通じない異界の存在であることに。
アレが何を企み、何を行い、一体何なのか。
それを知るには、まず力でねじ伏せ目の前に跪かせなければ、何も知りように無いと。
伯は頭を振ると、頭に残っていた迷いを振り払い、曇りなき眼で前を見た。
既に互いの兵の距離は間近だ。
剣を抜き放つと、伯はそれを掲げ高らかに声を張り上げた。
「全軍抜刀っ!全軍突撃っ!(チャージ!)」
両軍は今激突した。
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