第34話全軍前にっ!!
「聖教徒兵は右翼、法族兵は中央、親衛隊は後方と左翼だって言ってるでしょ!騎兵はカワサキ指揮で左翼後方で待機、いつでもあたしの指示で出れるようにしときなさい」
涼花の指示に伝令があちらこちらに飛び交う。
彼女は元々の聖戦兵を親衛隊(ディ アルテ ガルデ)と命名し、徴兵した聖教徒兵、法族の志願兵等と合わせて聖戦軍と呼称し、現在トリポリ伯国領内へ地中海沿いに百キロほど侵攻した平野に展開を開始していた。
トリポリ伯レーモン・ド・サン=ジルより弾劾状を受け取った涼花は、先手必勝とばかりに返信も出さずすぐさまトリポリ伯国領内に侵攻。
侵攻したトリポリ伯国内の村々に略奪の代わりに『軍税』という名目で略奪免除税を徴収して回った。
その速攻にトリポリ伯は万全ではないが、集められるだけ集めた兵を引き連れ迎撃に向かった。
この時、当然兵糧も満足に準備できていなかったが、トリポリ伯は道中近隣の村々で買い集めればいいと思っていた。
しかし、前述の通り涼花の聖戦軍に近づくにつれ、多くの村々は余剰の食料、金銭は税として取られた後だった。
だからと言って軍を餓えさせるわけにはいかないトリポリ伯国は、自国内で略奪を行い飢えを凌いだ。
当然、自国内での略奪に反発する声も小さくなく、進むに連れ士気は落ちていった。
そして今、涼花率いる聖戦軍が布陣を完了した平野に、トリポリ伯軍は到着した。
精鋭魔術師三百名を含むトリポリ伯軍五千に対し、聖戦軍はほぼ無傷の親衛隊三千と徴兵した聖教徒兵千、志願した法族兵五百、騎兵三百と魔術師が少々。
数だけ見ればほぼ互角であったが、トリポリ伯軍を見たオタカルは聖戦軍と比べその陣容に青ざめた。
「無理ですよ勇者様。あちらの魔術師は三百以上。それに対してこちらは百にも満たない。これじゃ戦いになりません」
こちらの世界の常識では、魔術師一人は雑兵百人に勝るとされている。
つまり、この世界の常識的に考えれば、実質的な戦力差は倍以上。
まともに戦って勝てるか訳がなかった。
しかし、涼花は不適に笑った。
「ケッ!烏合の衆と言うのもおこがましい前時代的な封建領主の寄合集団なんて、国民軍以上の士気の高さ、統一された思想を持つアタシの聖戦軍の前では、物の数ではない事を教えてあげるわ!!」
そう自信満々に言い、ない胸を張る涼花の横でオタカルは聖戦軍を見渡した。
徴兵された聖教徒達こそ怯えて士気も低そうだが、今まで非征服民として圧政に苦しんでいた法族は、溜まりに溜まった恨みを晴らさんとその士気恐ろしく高く、涼花に狂信している親衛隊にいたっては『勇者様の為なら死ねる!』『死んで楽園に行かん!』とその情熱で周辺の空気が歪むほどである。
対するトリポリ伯軍は涼花の言うとおり、トリポリ国内の大小様々な封建領主達が、それぞれ魔術師が従者や奉公人を率い、ある程度個々の判断で動き、その領主間に様々な利害関係が複雑に絡み合っており、とても士気が高いとは言えない。
また、金で雇われた傭兵も多く、これらの集団を自由自在に指揮するというのは至難の業である。
オタカルの目から見ても、涼花の指揮の下アンティオキア各地を転戦し、幾度も再編、効率化を図り、一個の共同体として意識の芽生えた準国民軍の如き聖戦軍の方が整然として完成された軍に見えた。
しかし、それでも彼には大きすぎる不安があった。
「確かに士気や統率は聖戦軍の方が上ですが、それだけで魔術師に対抗できるとは……」
「個々の実力の差なんて、士気の高さで吹き飛ばしてあげるわ!!」
その頭の悪い返答にオタカルは何とも言えない顔で敗走時の逃亡ルートを思案した。
かつてやむを得ない事情から兵站を軽視し、士気で乗り切ろうとした結果、大戦で敗北し後世で嘲笑された軍があった。
しかし、この軍を嘲笑する者の中にどれほど、士気と兵站、双方の重要性を正しく理解出来ている者がどれほどいるだろうか?
人類史上でも有数の軍事的天才ナポレオンは、まだ一将軍に過ぎなかった頃、補給もままならず乞食部隊と呼ばれたイタリア方面のフランス革命軍を率い、幾多もの大勝を重ねた事がある。
兵站が軽視され食事や衣服すら事欠いた部隊は、統一された意識と高い士気により他を圧倒したのだ。
慢心、環境の違い、この両者の違いは一概に説明出来る物ではないし、何をすれば勝てるなど誰にもわかりようはない。
しかし、隅々までいきわたる指揮、十分な衣食と武器、目に見えるほど高い士気、これらを知って弱い軍だと侮れる者がいようか?
理想的とまで言っていい程十分に仕立て上げられた聖戦軍。
それが今、陣を構築し終えた。
「さぁ!強い個の集まりと集まりとして強い軍のどちらが強いか、はっきりくっきりさせてあげるわ!」
今、目の前に到着し、軍使を送り出そうとしているトリポリ軍に対し、涼花は聖戦軍に攻撃命令を出した。
「全軍前にっ!!」
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