第33話主義主張なんて利益の前には屁よ!


 テレジア強制送還から約一ヶ月。

 涼花が引き起こした革命の嵐は、アンティオキアをのみに止まらず、その余波は近隣のエデッサ伯国、トリポリ伯国、キルギアやアルメニアまでも駆け巡った。

 アンティオキア各地は、領主やその後継者を人質に捕られた事に対する協議、この機に乗じた主家乗っ取り、下克上等の混乱に加え、法族の反乱まで乱発し、見計らって進軍してきた涼花軍にまともな抵抗も出来ず降伏か交戦かの二択を迫られ、その殆どは降伏を選んだ。

 最も交戦を選んだ領地も数と士気で劣った上に、ゲリラ化した現地の法族により内から門を開かれまともな戦闘にはならなかった。

 また、内ゲバで弱った所を法族の反乱により涼花軍の到着前に陥落し、落とした法族も進んで涼花に帰順した領地も幾つかあった。

 涼花はそれら帰順させた土地に対して、アンティオキア市で行ったように実務に係わっていた聖教徒はそのまま採用し、その上位に法族有力者を付けて自治に任せた。

 そして、軍事的保護を与える見返りに涼花への帰順と宗教の自由、聖戦への支援を約束させた。

 アンティオキア市との大きな違いは、利用価値がなく、生命の保証もしていない邪魔なだけの聖教徒貴族を早々に現地法族へ下げ渡し自由にさせた点。

 降伏し生命の保障を与えた者も財産は没収の上、ビザンチンへその身一つで送りつけた事くらいだろうか。

 何にせよアンティオキア全土は涼花の予想以上にあっさりと彼女の手に落ち、聖教徒の圧政により数を減らし少数派になってしまった法族が、今や多数派になった聖教徒人間を支配する社会へと変容した。

 もっとも、多数派少数派と言ってもそれほど大きい差ではなく、また双方共に立場が安定していない上に独自の武力を持っていない。

 それが、双方にとって一番確実な味方であり、唯一の武力である涼花に頼らざるを得なくさせていた。

「主義主張なんてものは方便よ。殆どの民にとって『政治的に正しい』事なんて、暮らしが良くなれば屁以下の価値観なのよ。そんな物の為に本気で命を賭けるのは狂信者くらいよ」

 と、涼花は余裕の語り余裕の笑みを見せたが、だからといって本当に余裕があったわけではない。

 あくまで状況がそうさせであるだけであり、双方から本当の信頼を得たわけではなく、また、その武力も志願兵や徴兵で増えてはいるが、連日の軍事行動により再編もままならない状況であった。

 この状況を補強す何かが早急に必要だった。

 いくら混乱が波及してるとはいえ、こんな状況下を隣国が指を咥えて見ていてくれるわけがないのだ。

 涼花は、各地から徴発……友好的に送られてきた物資や資金を蓄えつつ、当然多発している訴訟や諍いの裁定や調停を各地を飛び回るように巡回裁判を行い、同時に連絡手段の確立と当地で交友関係を築く。。

 また、徴兵した新兵を涼花式の軍法に合わせ練兵し部隊を練り上げていく。

 それらを通常の内政業務、統治と合わせ迅速に行わなければならなかった。

 そして、悪い予想というものは、幸運よりも早くやってくるものである。

「勇者様!トリポリ伯よりアンティオキアをオートヴィル家に返すよう書状が届いてますよ!!」

 涼花の机の脇に無造作に置かれた手紙を読んでオタカルは冷や汗をかきながら叫んだ。

「わかってるわよ!だからこうして時間稼ぎと先制攻撃の準備をしてるんじゃない!!」

 しかし、涼花はさして驚いた様子もなく、ただ苛立たしげにペンを走らせながら複数の手紙を同時に読み叫んだ。

 そして、書き終えた手紙と読み終えた手紙の山をドンドンと積み上げていく。

「今は金や物資より兵を送って……って、アマッラは騎兵を送ってきてくれるようだわ!」

 喜ぶ涼花とは対照的にオタカルは『騎兵』という単語にあまりいい表情をしなかった。

「騎兵ですか?確かに足は速いですが、行軍はもっとも遅い兵にあわせる事になりますし、扱いずらいですしいっそ荷駄隊にしては?」

 騎兵の突撃力と機動力を軽視したオタカルの涼花は眉を顰めた。

「アンタねぇ。何もわかってない……って、こっちの特に聖教圏での認識はそうだったわね」

「?」

 涼花はこちらと地球での騎兵の認識の違い──というより、魔術による影響──を思い出し頭を掻いた。

 こちら側、特に重武装、重装甲化した魔術師運用の発達した聖教圏では、とある歴史的事件もあいまり騎兵の重要性は極めて低く、印象も悪く、荷駄か伝令としての扱いが殆どだった。

 元々臆病な馬を戦闘に脅えないよう訓練するだけでもとんでもない労力がいるにもかかわらず、優秀な魔術師相手には瞬間的な速度でも負け、一対一での突撃すら熟練の魔術師なら受け止められるという何とも頼りない存在になっている。

 流石に移動手段には使うものの魔術師にかかれば簡単に潰れてしまう為、戦闘時は下馬し戦うのが常であった。

 また、かつて災害とも呼ばれる凶悪な騎馬蛮族により聖教圏の大部分を荒らされた歴史もあり、文化的にも騎兵に対し悪い印象が多かった。

「まぁいいわ。次の戦いでこの世界でも騎兵は優秀だって事教えてあげるわ」

「次の戦いって……っっ!まさかっ!?」

 驚いたオタカルは涼花の顔を凝視した。

「相手が攻めてくる前にこちらから攻め込むわよ!」

「そんなっ!まだ軍の再編も出来ていないのに!?」

「今すぐやるわよ!アンタも補給計画を今日中に練り上げなさい!」

 意気揚々と羊皮紙に筆を走らせる涼花の横でオタカルは両手を地面について項垂れた。

「(こんな事なら無理にでもテレジアと一緒に帰るべきだった……)」

「ふふ、戦い続ける軍の強さをトリポリ伯に教えてやるわ!」

 自信満々の涼花を見てオタカルは再度溜息をついた。


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