第32話謀多きは勝ち、少なきは何とかよ!


「テレジアさんの召喚命令があんなに早く出たのは想定外だったわ。計画を早める結果になったけど、何とかなってよかったわ」

 涼花はそう愚痴りながら各地へ送る手紙に筆を走らせた。 

「だから、ボクやオタカルさんにも革命を知らせる時間が無かったんですよ」

 カワサキがコップに水を注ぎ机に置くと、涼花はそれを一気に呷り手で口を拭った。

「いいえ、二人にははじめから知らせるつもりはなかったわ。そんな事したらテレジアさんにバレるもの」

 テレジアに露見せず事を運べたという点においてのみ、準備期間がほぼなかったのは良い方向に転んだのかもしれない。

 そう一人納得する涼花をカワサキは釈然としない表情で水のお代わりを注ぎながら尋ねた。

「テレジアさんが送還された後に革命を起こすんじゃ駄目だったんですか?」

「さっきの機会を逃したら、アンティオキア貴族の大部分を一網打尽にする機会なんて次いつ来るかなんてわからないじゃない」

 本来なら涼花は、こちらで十分な根回しを終えた後、テレジアを強制送還させ、それを名目の一つに聖都奪還の大決起集会を開き、そこで貴族を一網打尽にするつもりだった。

 しかし、涼花の予想よりも何倍も早いタイミングでテレジア強制送還の使者が港に到着したと報告が入ってしまった。

 その計算違いの要因は大きく二つあった。

 一つは教皇アレクサンダーⅥ世の評判が涼花の感じていた数倍悪かったという事。

 涼花は教皇の事を合理的で計算高いかなりバランスの良い優秀な人物であるとそれなりの評価をしていた。

 しかしそれは、現代日本人の中でもかなり独特な価値観と倫理観を持った涼花の判断である。

 こちらの人々にとってアレクサンダーⅥ世は、信仰心皆無の悪魔の如き史上最悪の教皇と目されており、非公式な彼の孫に当たるテレジアの根も葉もない悪評は「やっぱりな(確信)」とすんなり受け入れられ、勝手に尾鰭まで付けられてしまった。

 もう一つは、アレクサンダーⅥ世自身が、その評判の悪さを自覚しており、テレジアの悪評に対し迅速に行動を起こしたという事だった。

「何にせよ、根回しが十分じゃない分、事を早く勧めないといけないわ。嘘がバレてアタシに非難が向く前にどれだけ勢力を広げておけるかが鍵なんだからっ!」

 涼花はそう言うと書き終えた手紙に封蝋を押し、手元のベルを鳴らした。

 コンコン

 すぐに部屋の戸がノックされ、涼花の返事の後一人の女性聖戦兵が現れた。

「こっちはいつも通りラテン半島行き。それからこっちは公会議員のハールーンに渡してアンティオキア各地に届けさせなさい」

 涼花は二つの手紙の山を示した。

「はっ!」

 聖戦兵は大量の手紙を受け取り部屋を後にした。

「センパイあの手紙は?」

 流石のカワサキもろくでもない謀略の類であろう事はわかっているが形式的に尋ねた。

 一仕事終えた涼花はゆっくりと伸びをしながら答えた。

「半島行きはテレジアさんの帰還を遅らせる工作。アンティオキア各地へのは脅迫状と反政府ゲリラへの檄文よ」

「き、脅迫状……」

 真っ当な手紙ではないと思っていたが、そこまでするかとカワサキは呆れた。

「まだ、私刑にあってない捕虜がいるでしょ?そいつの家族に売りつけるのよ」

 涼花は椅子から立ち上がると、身体を捻り簡単な柔軟体操を始める。

「檄文はアンティオキア市の現状を伝え、アンティオキア全土とその周辺の法族の反政府ゲリラを焚きつけるのよ」

「うわぁ……」

 カワサキは眉を顰めながら、嫌な予感に冷や汗をかいた。

 そんな彼女にストレッチを終えた涼花はニカっと笑いかけた。

「さぁ、これで各地は混乱するわよ!足場を固めながら丁度美味しい頃合を狙って全部掻っ攫いに行くわよ!!」

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