第31話君の生まれの不幸を呪うがいいわ!


「どういう了見だ涼花っ!?」

 後にアンティオキア革命と呼ばれる熱狂の祭りの翌日、テレジアは逃げ回る涼花を捕まえ、その首を絞め上げ問いただした。

「や、やめて下さいテレジアさんっ!?締るっ!締るぅっ!話しますからこれ以上はっ!降ろして下さいッ!!」

 逝く直前、オタカルの諌めにより九死に一生を得た涼花は「ゼェーハァーゼェーハァー」と息をついた。

「最後の言葉はそれで満足か?」

「待って下さいぃっ!流石にそれが最後の言葉じゃ成仏できませんっ!ちゃんと話しますからっ!!」

 再び手に力を入れたテレジアに涼花は必死の表情で命乞いをした。

「なら答えろ!どうしてアンティオキア公達を処刑した!」

「処刑したのは市民公会の連中でむしろアタシはそれを止めようとしてたんですよ!」

 革命宣言後、涼花はアンティオキア市を市民代表者からなる市民公会の自治に任せ、自身はそれに協力する独立精力として軍事の一切を替わりに引き受ける事になった。

 そして、市民公会は涼花から引き渡された元アンティオキア公爵ボエモン・オートヴィルを筆頭に、その半数近くを略式裁判によってその場で車裂きの刑に処した。

 当初は、アンティオキア市で実務を行っている者や今だ聖教の手にある地方領主等、利用価値のある者、それどころか一部強硬派は全ての聖教徒を処刑しようとする市民の暴走に公会と涼花は焦った。

 今まで徴税や治水等、アンティオキアの運営に携わっていた者を全て殺してはそのノウハウを失ってしまうし、今だ力を持つ地方の軍事力を敵に回しては両手を縛って狼の群れに挑むようなものである。

「殺すよりもいい利用方法がある!」

「彼等と引き換えにアンティオキア全土のを!法教の兄弟を救うのだ!」

「憎い相手の上に君臨し顎で使うのだ!」

 等と涼花の説得と聖戦兵の武力を見せ付ける事により何とか思いとどまらせる事に成功した。

 暴徒となりかけていた市民達も

「解放者が言うのなら……」

 という反応は涼花にとって異世界にやって来て一番冷や冷やした瞬間であった。

 しかしテレジアが聞きたい事はそういう事ではなかった。

「そんな事は関係ない!何故聖教を裏切り、魔族に組するような行動をとったんだと聞いているんだ!!」

 どんなに言い繕おうと、聖教徒のボエモンを裏切り法族にアンティオキアの支配権を渡したの紛れもない事実であった。

「ボエモン、オートヴィル家がこの土地を支配していては、どうにもならないからですよ」

 その答えにテレジアは涼花の首を掴む力を強めた。

「何が言いたい」

 テレジアは今すぐにでも涼花を絞め殺したい気持ちに駆られながらも、既の所で踏み止まり彼女を睨んだ。

「長年の恐怖政治と裏切りのツケですよ」

 涼花はそう言うと少し身動ぎし、首の締りに冷や汗をかきつつ言葉を選んだ。

「内部では法族のみならず正教徒からも憎まれ、小規模な反乱や裏切りが日常茶飯事、外部からも度重なる裏切りで人、法族双方から信頼を失っていながら、その国力は無視できるほども、力押しで滅亡するほども弱くない。あらゆる方向から見て厄介極まりない、迷惑なだけの存在だったんですよこの国は」

 直視したくない事実を突きつけられ、テレジアの掴む力が僅かに弱まる。

「だから奪ったというのか」

 理解は出来るが、納得は出来ない。

 テレジアは涼花を睨んだ。

「だから奪ったんです」

 その断言にテレジアはたじろぎ首を掴んでいた手を離した。

「そ、それでどうやって聖地を奪い返すつもりだ?魔族共と一緒に魔族と戦うのか?魔族に魔族を滅ぼさせるだなんて考えているのか?」

 眉を顰め問いただすテレジアに涼花はあっけらかんと答えた。

「アタシは一度も聖地を取り戻すとも法族を滅ぼすとも言ってませんよ?アタシはただ、平和と正義を取り戻すと言っただけ──いだだだっっ!!?やめっ!アイアンクローはやめてっっ!!」

 テレジアは開いた右手で涼花の顔面をワシ掴みにし、そのまま宙へと持ち上げ力の限り握り締めた。

「どういう了見だ!?言ってみろ涼花っ!!下手な言い訳をしたらそのまま神の下へ懺悔しに逝かせてやるぞっ!!!」

 投げ捨てるように地面に落とされた涼花は、頭を押さえながら必死で言葉を選ぶ。

「ですから!教皇猊下だって本気で聖地を取り戻せるなんて考えていませんでしたし、法族を滅ぼす事なんてもっと不可能な事ぐらいテレジアさんだってわかってるでしょ?」

「ぐ……っ!」

 テレジアの祖父、アレクサンダーⅥ世は悪どく傲慢で強欲、特に権力欲は歴代教皇でもっとも強い人物ではあるが、その反面自身の職務には忠実でありながらも現実的な人物であった。

 それだけに聖地奪還は世俗権力や王侯貴族、信徒達への影響力強化にはなるとは思っていても、それが有用な民力で底なしの巨大の谷を埋めるようなものであり、不可能どころか、有害である事もわかっていた。

 故に今回の聖戦は一部過激派に対するガス抜きが主な目的で、ある程度の戦果を上げて有利な条約を結べれば上出来であるとテレジアは聞かされていた。

「だからあたしの目標は『聖教徒も法教徒も安全かつ自由に巡礼出来るようにする』事なのよ」

 そして、その管理運営、巡礼者の落す莫大な金の何割かを懐に入れようというのが、涼花の真の狙いであった。

 そんな涼花の本心までは知りえないテレジアは、基本的に人の良さから論点ずらしに気付けず、最低限矛盾しない言い分に頭を痛めた。

「いや、だからと言って魔族に──」

 コンコンッ

 テレジアが言いかけた時、部屋の戸がノックされた。

「こんな時に一体──入れっ!」

 調子を崩されたテレジアが許可を出す。

 しかし、扉は開かない。

「?」

 不思議に首を捻るテレジアを余所に涼花が許可を出した。

「入っていいわよ」

「失礼します」

 扉を開けて入ってきたのは聖戦兵とそれに続く教皇の使者であった。

 教皇の使者を連れていながらその忠誠を捧げているのは勇者、涼花に対してであるという態度を隠そうとしない様子にテレジアは頭痛を覚えた。

「急を要すると教皇猊下から勇者様とテレジア大司教に使者がお尋ねにまいりました」

 まさかアンティオキアを奪ってこんな早くに!?いや、流石に早すぎる?

 と、テレジアは焦りと驚きに表情をコロコロと変える。

 それとは対照的に涼花は冷や汗をかきつつも口の端に笑みを浮かべていた。

「勇者様──」

 使者は涼花に礼の姿勢をとり、テレジアに蔑むような視線を送ってから、二人の上座へ立つと仰々しく涼花へ幾つかの手紙を手渡し、その内一通をすぐに読むよう促した。

 涼花は封蝋を丁寧に剥がすとゆっくりと手紙を開いた。

 そして、彼女はわざとらしく悲しみの表情を作った。

「テレジアさん。こんな事になって本当に残念だわ」

 その台詞にテレジアはハッと気付き、乱暴に涼花から手紙を奪い取り、読み進めるにつれ彼女の顔は真っ赤になり怒りに全身が震えた。

「な、なんだこれわっっ!!」

「召喚状ですよ大司教」

 使者はそう宣告した。

 手紙にはテレジアが各地で悪行三昧を働き、勇者様に迷惑をかけるどころか、聖教の威信を穢しているという根も葉もない悪評が流布しており、それを問いただす査問を行うので直に聖都へ帰還せよと書かれていた。

「いやぁ~、テレジアさんが(この世から)いなくなるなんて実に悲しいわぁ~」

「涼花っ!謀ったなっ!涼花ぁっ!!」

 テレジアはそう怒鳴りながら掴んだ襟首を激しく揺するが、涼花は苦しそうにしながらもニヤニヤと最早隠す気もない悪どい笑みを浮かべている。

「自分の生まれの不幸を呪うがいい。貴女は良い聖職者であったが、貴女の祖父がいけないのだよ」

 テレジアの召喚命令は彼女の予想通り涼花の謀略だった。

 涼花は聖戦に出発して以降、教皇や各地で得た知己、残してきた涼花の狂信者達に小まめに手紙を送っていた。

 最初の頃こそ自分に都合の良い、ウソは言ってはいない話ばかりであったが、テレジア合流以降は「テレジアの専横に苦しんでいる」「テレジアが聖教会の名を穢す行いをしている」「テレジアが賄賂を取っている」「テレジアが民を虐げている」「テレジアが見目麗しい稚児を──」等々、根も葉もない悪評、中には口の端にのぼせるのも憚るような内容の誹謗中傷を書き連ね送っていた。

 また、涼花の手下と化している狂信者達には、手紙の内容に尾鰭を付けて各地に噂をばら撒くように指示していた。

 当然、テレジアからはそれとは全く違う内容の報告書、手紙が出されていたが、それらは途中で検閲され、悪評と辻褄が合うよう書き換えられていた。

 勿論、テレジアに届く手紙も同様である。

 しかし、今回使者が持ってきた召喚命令は間違いなく本物であった。

「ぐぬぬぬ……涼花、私が帰って来た時は覚えておけよ」

 テレジアは視線だけで人が殺せるような鬼の形相で涼花を睨むとドスドスと足を踏みしめ部屋を後にした。

 連行する立場にありながらもテレジアの迫力に硬直した使者が我に返り、慌ててその後を追いかけていく。

「センパイ、テレジアさんをあそこまで怒らせて後が怖いですよ」

「なにそう簡単には戻って来れないはずよ」

 そうは言いつつも涼花は背筋に冷たい物を感じ僅かに震えた。

「本当ですかぁ?」

「まぁ、念の為にあの使いにはいつもより多めに袖の下を贈っておくわ」

「……そんな事までしてたんですか」

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