第30話これは復讐じゃないわ!断罪(聖戦)よ!!

 靄がかかりはっきりとしないテレジアの脳内に民衆の騒がしい歓声が響いた。

 彼女は自分が今どのような状況か考える事すら出来ないまま薄っすらと目を開け絶句した。

「なっ……一体何なんだこれはっっ!?」

 目の前の広場に集まった熱狂した群衆。

 皆一様に怒りと狂喜に感情を高ぶらせ、目を充血させて「殺せ!」「死刑にしろっ!」「俺に殺らさせろ!」「開放万歳!」「自由を永遠なれ!!」と好き勝手に叫び無責任に騒いでいる。

 その怒り、攻撃の対象は彼等とテレジアの中間地点、少し下方で縛られた元アンティオキア公ボエモン・オートヴィルをはじめとする元貴族達。

 彼等は、いつから何度も石を投げつけられているのか、全身に血を滲ませ既に反抗する気力もなく、惨めにうな垂れている。

 そして、何よりテレジアにとって衝撃的だったのは、それ等狂喜している民衆の大部分が魔族ではあるものの、人間も混じっている事だった。

 涼花が魔族から支持を得ている事は、なんとなく納得できたもののまさか聖教徒である人間までもボエモンに恨みを抱いているとはとテレジアは驚いたのだが、これは少し誤解があった。

 今狂喜している人間の殆どは、聖教徒ではなく、魔族こと法族──人間が言う魔族が自称する人種名──達の主な宗教である法教徒の人間達であった。

 もっとも、聖教徒の人間もいくらか混じっているのは事実であるが。

「正義の時、アタシが来たっ!!!」

 広場に響くよく通る声に人民は熱狂した。

 テレジアの位置からはその後姿しか確認できない。

 しかし、その舞台役者の様な身振り手振り、将軍、英雄の如きふてぶてしいまでの自信、人を熱狂させる天性の呼吸と声色。

 それらを駆使し、人民を信用させ、狂喜させ、煽り、駆り立て、意のままに操る少女などテレジアは一人しか知らない。

 一人で十分だった。

「涼花ぁーーーっ!」

 テレジアが怒りに身を震わせ、立ち上がろうとした時、初めて自身が倒れないよう、自然に見えるよう巧妙に椅子に縛り付けられている事に気付いた。

 彼女は感情を抑えながら、今一度自身の置かれている状況を確認した。

 まずこの場所、アンティオキア市内の広場に作られた急ごしらえの舞台上。

 一番高い所では、涼花が人民を煽る演説を熱心に語っている。

 その後方、自身はオタカル、カワサキ、そして魔族と思われる人々と共に椅子に縛られ並ばされている。

 もっとも、縛られているのはテレジアのみらしく、特に魔族は我が世の春と涼花を熱心に支持している様だった。

「アタシは、圧政を敷いた悪辣な暴君から諸君等を開放し、正しき正義、正しき権利、正しき平和を取り戻さんが為この地にやってきた!!」

 涼花には歓声が、縛られた貴族には小石が浴びせられる。

「戦いはもうたくさんよ!法教の法典にも、聖教の聖典にも、異教徒を根絶やしにしろなんてどこにも書かれていないわ!なのに何故戦わなければならないのかっ!?」

 涼花の問いかけに、人民はざわめき互いに顔を見合わせ逡巡した。

 そして、再度涼花の顔に目を向けた瞬間、涼花は断言した。

「それはコイツ等のような悪党のせいよっ!」

 涼花が指差した先には、無残にも縛られた貴族達がいる。

「長年皆を苦しめてきたオートヴィル家の様な悪党達が、悪しき己が欲望を満たす為、争いを起こしてきたからなの!この悪党以外にこの地で戦争を起こした者を知っているかしら?人も法族も全てコイツ等によって搾取され、争わされてきたの!父や子、恋人や友人をこの悪党共によって奪われた事を忘れた者はいないはずよ!!」

 涼花の声に合わせ、壇上の松明に巨大な炎が灯される。

 その演出に触発されたのか、サクラが仕込まれていたのか、法族も人間も人民は口々に貴族を罵り、石を投げつけた。

「諸君んっ!悪しきを滅ぼし、正義を我が手にとりもそうではないかぁっ!!!」

 涼花が宣言と共に拳を天に突き出し、人民が歓声で答える。

「聖戦(ジハード)を!悪を滅ぼす聖戦を!!」

「聖戦(クルセイド)を!正義を成して平和を手に!」

 誰かが熱狂し聖戦を叫び、その声を聞いた幾名かが熱狂に感染し、また聖戦を叫ぶ。

 その声は鼠算式に巨大化し、僅か十数秒もしない内に広場は“聖戦”の声が支配した。

「「「聖戦!聖戦!聖戦!」」」

 その狂喜の坩堝は、巨大な狂気を生み出し続ける。

 その場にいる全員の狂気が燃え尽きるまで。

「り、涼花のやつ……っ!」 

 横に座ったオタカルに制されながら、テレジアは涼花の後姿を睨む事しかできなかった。

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