第8話勇者任命……で、いくら貰えるの?

 大聖堂には異世界から来た勇者を一目見ようと、有力貴族のみならず多くの観衆が詰め掛け、中に入る事の出来ない者が大聖堂の敷地外にまであふれ出ていた。

 そのような中、涼花はテレジアの案内で専用の通路を使い大聖堂に姿を現した。

 見れば事情を知っている幾人かの関係者が、その姿に安堵し胸を撫で下ろしている。

 そして、涼花の到着確認と同時にゴーンと鐘が鳴った。

「静粛に!静粛にっ!」

 張り上げられる声に喧騒が徐々に小さくなる。

 ある程度話し声が静まると、祭壇の上の聖職者に合わせ聖歌隊の荘厳な楽曲が流れる。

 既に予定時刻を回っていた儀式が開催される。

 多くの者が楽曲とこれから始まる偉大なる瞬間に胸を高鳴らせ、今か今かと裁断に注目する。

 そして、新たに祭壇に登壇した厳格な表情の枢機卿の宣言により、儀式は厳かに開始された。

 美辞麗句に装飾された、仰々しい言葉が全ては神の御意思であるという、在り来たりな言葉で始まってその儀式は、計算と経験によって裏打ちされ、一朝一夕では決して成す事の出来ない様式美極地の一つだ。

 現教皇がその政治生命をかけた今回の儀式は、正にその全てがつぎ込まれており、宗教行事など飽き飽きな筈の高位聖職者や貴族ですら息を飲み、政治的な思惑を一時忘れてしまうほどに洗練され、正に聖教会のに積み重ねられた歴史と威厳、文化の集大成といえるものであった。

「ふぁ~~あ」

「これっ!欠伸を止めんか涼花!」

 祭壇の脇で堂々と大欠伸をかます涼花にテレジアが肘でその脇を力強くどつく。

「痛っ!わかりましたからどつかないで下さい」

 涼花はそう言ったもののどうやら本当に退屈をしているようで、欠伸をかみ殺しながら頭を掻いた。

「少しは落ち着いて入れんのか?」

「こんな糞つまらん儀式に参加させられて、カビの生えた説教話聞かせられるこっちの身にもなって下さいよ。自慢じゃないですが、生まれてこの方坊主の説教で愉快になった事なんて一度もないんですよ」

 どれほど儀式の演出が洗練されようとその文化圏で生活していない者にとっては効果は半減、特に今の涼花のように寝不足の上、儀式その物興味がなく、むしろ苦手意識のある者にとっては、正に馬の耳に念仏であった。

 テレジアは諦めたように小さくため息をついた。

「はぁ、あと少しだから我慢しろ。間違っても寝るんじゃないぞ」

「へいへい」

 そう答えた涼花だったが、うつらうつらと船を漕ぎ出すまで3分もかからなかった。

「おい、おい涼花!」

「はっ!?寝てませんよ!」

 再度脇をどつかれ目を覚ました涼花だったが、まだ儀式の最中であると気付くと横目で恨めしそうにテレジアを見た。

「なんです。まだおわってないじゃないですか」

「バカモン。もうすぐ涼花お前の出番だ」

 出番と言われ、はて、そういえば自分のお披露目儀式であった事を思い出した涼花はハッと我に返った。

「涼花お前、まさか何の為の儀式か忘れていたわけじゃないだろうな?」

「嫌だなぁー。テレジアさんそんなわけあるわけないじゃないですかー」

 テレジアが呆れを通り越し頭痛を感じていると、祭壇の中心で演説をしていた教皇が涼花の方を振り向いた。

「――リョウカ・ツミヤ。前へ」

「それじゃあ!呼ばれたんで行って来ます!」

 逃げる様に教皇の下へ走っていく涼花の背を見ると、テレジアは小さくため息をついた。

「まさかあんな勇者に……頼むから問題を起こすなよ」

 そう言いながら彼女も目立たぬようゆっくりと席を立ち、己の仕事をするべく舞台袖へと向かった。

 祭壇の中心部では、仰々しく跪く涼花に教皇自ら祝福を与えていた。

「――これより、汝リョウカ・ツミヤを聖別し勇者に任命する!」

「ははっーーー」

 教皇は豪奢な潅水棒と絢爛な聖杯を用い、涼花の頭部に金箔入りの聖水を撒く。

 そして、涼花の手を取り立ち上がらせると大仰な素振りで彼女を称えた。

「この素晴らしき勇者涼花に祝福があらんことを!」

「「「勇者涼花に祝福を!!」」」

「「「勇者涼花万歳!!」」」

「「「魔王を倒せ!!!」」」」

 観衆が沸き立ち歓喜の声が木霊する。

 涼花も上機嫌で彼等の声援に答え、両手を振り笑顔を振り撒く。

 そのはち切れんばかりの天真爛漫な笑顔は、彼女の破天荒さを理解しているオタカルですら見惚れるほどに愛らしく、勇者という称号と期待に声援を送っていたはずの幾人もの男性が、その外見の美しさに心奪われ、その声援は一層大きくなっていく。

 そして、その歓声が落ち着きを見せると、教皇は教皇座に腰を下ろし、代わって枢機卿が声を張り上げた。

「聖杖、資金授与」

 資金という言葉に涼花の耳がピクリと動いた。

 そして、すぐさま教皇の足元へと跪いた。

「う、うむ。汝勇者涼花。伝承の三人の従士を従え、我等が聖教徒を救い、聖戦を無事終わらせる事を誓うか」

 涼花は地面に額を打ち付けるほどに再度頭を垂れた。

「ははっーー。この勇者涼花が、必ずや聖戦を終わらせてみせましょう!」

 頭を下げたままの涼花に教皇は満足げに頷くと、銀貨と木の棒が乗った三方に似た足付きの盆を持ったテレジアが現れ、二人の前にそれを置いた。

「汝に聖杖と資金を授与する」

 その宣言に涼花は今まで出一番嬉しそうに顔を上げ――

「は、ははーーーっっ!!!!??」

 そのまま絶句した。

 これは何かの間違い。

 いや、演出に違いない。

 そう自らに言い聞かせるよう、涼花は固まった笑顔のまま礼を述べた。

「あ、ありがたく頂戴いたします……」

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