第9話金がないなら特権を寄越しなさいっ!!
「それで軍資金の方ですが……」
大聖堂の隣に位置する聖教宮殿内の一室、教皇の執務室で涼花はゴマをする様に尋ねた。
周囲にはカワサキとテレジア、そして数名の高位聖職者が控えている。
「ん?そこにあるではないか?」
本気なのか、それともポーカーフェイスなのだろうか、平然とそう言ってのけた教皇の示す先には、先ほどの儀式で差し出された三〇枚の銀貨と聖杖――木の棒――が、それらを合わせたよりも何倍も高価そうな細部にまで豪華な装飾の成された金の盆の上に乗っている。
「これだけって、またまたぁ~。本気で言っているんじゃありませんよねぇ?」
無理矢理笑ってはいるが、その額には汗と一緒に血管の浮き出た笑顔で涼花はさらに尋ねた。
世間ではこれを脅迫、揺すり集りと言う。
しかし、腐っても最大宗派のトップ。
それも歴代最悪の教皇と言われながらも――己が権力欲の為ではあるが――硬軟組み合わせたバランスの取れた巧みな政治手腕は大国をも操り、信仰心はなくとも儀式や仕事に対しては非常に勤勉であり、教皇でありながら大悪魔と呼ばれる彼は、その程度の脅しはそよ風のようなものであった。
「伝承の勇者はそれで旅立ったのだ。それ以上の支援をすれば嘘偽りになるであろう?」
さらりと否定の言葉を述べる教皇に涼花はさらに額の青筋を増やした。
「本気ですか?」
「本気だ」
この時、教皇にどのような理屈、考えがあったか涼花にはわからなかった。
否、理解する気はなかった。
一瞬にして彼女の顔から笑みは消え、盆を叩き落とすと同時に一気に教皇の胸倉を掴んで怒鳴った。
「何だこの通学路に落ちていそうな棒切れとガキの小遣いみたいな金はっ!?こんなんで魔王を倒せとか頭おかしいんじゃないのっっ!!?」
弾き飛ばされ足元に転がった小汚い木の棒を見て、カワサキは小学校の帰りに形の良い枝を拾いって「ゆうしゃの剣!」と言ってアニメの必殺技を友人にかましていた過去を思い出した。
そして、まぁ涼花が怒るのも仕方ないと思いつつも、慌てるテレジアと他の高位聖職者は狼狽した。
「……っ!?イヤ待てこれは伝承と同じ樫の木の枝で――」
まさか、勇者に任命したとはいえ、ただの少女がすぐさま実力行使に移るなど、流石の悪魔教皇も予想していなかった。
慌てつつも弁明を計るが涼花はそれを受け入れない。
「こんな棒切れ学校帰りに何度も拾ったわ!」
「いやしかし、伝承では――」
「こんなんで魔王が倒せるかっ!!せめて剣とまともな鎧くらいは寄越せ!!」
涼花の怒りは最もでその勢いもあいまり教皇は弁明に詰まる。
「だいたいなんだ、デナリウス銀貨枚って!パン屋の月給の三分の一もないぞ!」
「そ、それも伝承の通りで実際勇者は――
「何でも伝承どおりで済ますな!一二〇〇年前の出来事だぞ!インフレ率を考えろっ!!」
此処まで来ると流石に周りの者も我を取り戻し一人の高位聖職者の怒号が飛んだ。
「だ、誰か勇者様を止めろっ!!」
その声にテレジアと腕に覚えのあるらしき聖職者が掴みかかったが、如何せん人質同然の状態で教皇がおり、完全にキレた涼花は教皇を盾、いや、剣のように振り回し彼女等を振り払った。
「邪魔だっ!それで金を払うのか、払わないのか!?」
「わかった。わかった出すから少し落ち着いてくれ……」
息も切れ切れにそう言うと、涼花は襟首を離し、床に崩れ落ちた教皇はゴホゴホと咳き込んだ。
「そう協力的だったらこっちも声を荒げたりしないわよ。で、いくらくれるの?」
「……め、名誉を――」
「巫山戯るなっ!」
怒鳴り部屋が震えるほどに床に足を踏み降ろした涼花に教皇は怯え汗を流した。
「一次、二次聖戦軍に金を使って、今は殆ど金がないのだ」
「じゃあ、アタシを召喚した儀式の金はどうしたのよ」
当然の疑惑に教皇は澱みなく答えた。
「まさか本当に勇者が召喚できるなんて誰も信じてなかったから、盛大にやってお茶を濁そうと残った金も注ぎ込んでしまったんだ。今回の任命の儀式も前の使い回しと寄付、それから借金だ」
教皇の諦めと自嘲交じりの言葉、涼花は最初それを信じられずテレジアを振り向いた。
しかし、テレジアも恥を知られたことに羞恥しながらも小さく頷き肯定した。
「何と無計画な……」
無計画なのではなく、ほぼ誰も信じていなかった勇者召喚の儀に涼花達が現れてしまったというミラクルが問題なのだ。
まさに神の悪戯。
これを仕組んだ神は腹を抱えゲラゲラ笑っているだろう。
涼花は一瞬あからさまに呆れた顔になってしまったが、だからと言って金がなければ何も出来ない。
先立つものは金だ。
「仕方ない。金になりそうな教会の備品を売り払うか」
そう言いながら周りを見渡すと、高そうな絵画、調度品があちらこちらに置かれている。
数世紀もすれば重要な文化財とされ、それこそとんでもない価値になりそうな品がゴロゴロしている。
その獲物を物色する野獣の視線に慌てたのは教皇だった。
「まてまてまて!それだけは不味い!そんな事をしたら教会の威信、権威が――」
「だったら代わりに何が出せる?」
涼花に凄まれ教皇は冷や汗を流し逡巡した。
そして、仕方ないと大きくため息をついた。
「それなら、権利はどうだ?」
「権利ぃ~?」
その提案に涼花は眉を顰めた。
「そうだ。聖戦税の徴収権を譲渡しよう。それでどうだ?」
それを聞いた涼花は顎に手を当て少し考えた。
「額は?」
「教会税と同じ十分の一だ」
彼女の脳内では金と言う名のガソリンが強欲というV8気筒エンジンを急加速させる。
村、町、都市の徴収額。
徴税に要する労力。
地元有力者との軋轢。
そもそも徴収は金で行えるのか?
現物徴収の可能性……
得られる金額、それに対抗する労力と諸問題。
無数の可能性と不確定要素が涼花を脳内を駆け巡る。
そして、涼花は教皇へ尋ねた。
「……徴収権の売却は可能かしら?」
「もちろんだ」
その言葉に涼花はニヤリと笑った。
そして、ニコニコと笑って教皇の両肩をバンバンと叩いた。
「ガハハハハ!よし決まりだ!聖戦税の徴収権しかと頂くわよ!良いわね徴収権。なんたって聖戦の為の税ですもの断るような聖教徒はいないわよね。いたとしてもそれは聖教徒を語る異端者か異教徒よね!ガハハハハ!!」
その発言、涼花の強欲に塗れた笑顔を見て教皇は失敗したかと思ったが、叩かれた両肩のジンジンとした痛みが、今はこの勇者から逃れられた事でよしとしよう。
心からそう思っていた。
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