第26話 おっさんとコロシアム
翌日。
俺達はコロシアムの出場者用ゲートにいた。
そこから見える範囲だけでもとんでもない数の観客がいる。
「アラベル、ルシア殿。体調は万全か?」
まだ怪我の癒え切っていないラッシュが尋ねる。
「大丈夫だ。負ける気がしない」
「ご主人様に同じく」
「そうか」
ラッシュは安心したように微笑んだ。
ラッシュには安静にしていて欲しかったのだが「我らの為に戦ってもらうのに寝ていられるか!」と猛反発を喰らったので連れてきた。
他の者も「自分も行く」と聞かなかったがそこは流石に遠慮してもらった。
ーーというか無視してラッシュだけ一緒に転移させた。
あのまま話してたら埒が明かなそうだったからな。
ラッシュだけで我慢してもらおう。
そんなことを思っているとガジャルがアクセサリーじゃらじゃら、成金丸出しの出で立ちでコロシアムの中心に現れた。
その瞬間、コロシアムが凄まじい歓声に包まれた。
ガジャルが拳を天に掲げそれに応える。
観客のボルテージがまた一つ上がった。
それが少し収まるタイミングを見計らってガジャルが口を開いた。
「今日は俺様と帝国宰相、アラベル・ガラハルトの決闘を行う!! 最高の試合になると約束するぜ!!!」
観客が叫ぶ。
「だがその前に!! 前座の試合を行う!!」
上がっていた観客の熱が一つ下がる。
餌をお預けされたのだから当然といえば当然か。
「おっと、そんな態度を取って良いのか?」
ガジャルが観客に問いかける。
「前座はヨーク・ファムザに務めてもらう!!」
その名を聞いた瞬間観客が一斉に歓声を上げた。
「ヨークだと!?」
ラッシュが声を上げる。
「知っているのか?」
「ヨークはゲルファ№2の闘士だ。コロシアムは武器の使用が前提だが奴は素手であの地位に上り詰めた。強敵だ」
「だってさ。いけるか? ルシア」
「問題ありません」
一切の躊躇なく言い切るルシア。
頼もしいったらないな。
「それじゃあ早速両者に入場してもらおう!」
ガジャルの声がコロシアムに響き渡る。
「一発かまして来い!」
俺はそう言ってルシアの背を軽く叩いた。
「はい」
ルシアは相変わらず無表情だったがその背はどこか嬉しそうに見えた。
◇
Side 三人称
コロシアムに二人の闘士が向き合っている。
一人は場違いなメイド服を着た獣人ーールシア、もう一人は無駄なく引き締まった身体に長い黒髪を後ろで束ねた男ーーヨーク・ファムザ。
観客は二人を見た瞬間ヨークの勝利を確信した。
当然だ。
片やコロシアム№2の格闘家、片や丸腰のメイド。
結果は火を見るより明らか。
だがヨークは油断していなかった。
彼がこの地位まで上り詰めたのは力はもちろんだがどんな相手にも手を抜かないその心持ちによる所も大きかった。
「俺はこのコロシアムにおいて素手では最強を誇っている。武器を持つなら今の内だ」
その言葉は彼なりの気遣いだった。
「いいえ、結構です」
しかしルシアはそれを一蹴した。
「そうか」
そして彼の中の躊躇が消えている。
それが相手の戦う姿勢だと理解したからだ。
「両者準備はいいか?」
コロシアムの一番上の特別席に座るガジャルが問う。
ルシアとヨークは無言で頷いた。
「それじゃあ試合ーー始めっ!!」
ガジャルの合図と共にヨークがルシアの懐に鋭く踏み込む。
それは目で追えない程のスピードだった。
そこから流れるように全力の突きを繰り出す。
数多の闘士を屠って来た必殺の拳。
その拳はルシアをーー捕らえられなかった。
ルシアはいつの間にかヨークの後ろに立っていた。
目で追えない、なんてレベルではない。
それは『目で見えない』スピードだった。
「素手においてコロシアム最強、ですか」
ルシアが突きを空振り隙だらけのヨークに鋭いアッパーを叩き込んだ。
それを受けたヨークは遥か上空に吹き飛んでいく。
そして短い空の旅を終え、地上に帰ってきた彼はピクリとも動かなかった。
「まあ、私は徒手空拳において人類最強を自負していますが」
そう言ったルシアに無数の歓声が降り注いだ。
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