第22話 おっさんとアジト
大通りから外れた薄暗い路地裏。
俺とルシアは黙ってラッシュについていく。
この街自体、治安はよくなさそうだがここは特にだった。
姿は見えないがそこら中から俺には敵意を、ルシアには下卑た欲望の視線を感じる。
そして角を曲がった時だった。
「アラベル、ルシア殿。我の手を掴め」
ラッシュが俺たちにそれぞれ右手と左手を差し出す。
言われた通り俺とルシアはそれぞれの手を掴んだ。
「絶対に離れるな」
ラッシュがそう言うと同時に身体が浮遊感に襲われ真っ暗な空間に落ちていく。
ラッシュの固有魔法か。
隣のルシアから動揺が伝わって来る。
だが暴れたりはしていないようだ。
「歩くぞ」
ラッシュが俺たちの手を引いて歩く。
そうして30秒程歩いた時。
「着いたぞ」
暗闇が溶けて視界が戻っていく。
そこにあったのはボロボロの教会だった。
レンガ造りの建物は所々ひび割れて苔が生えている。
周囲を見渡すと教会と俺たちを囲むように高い壁がそびえ立っている。
普通に歩いていたらここにたどり着くのは不可能だろう。
ふと教会の入口を見ると猫耳と尻尾を生やした8歳くらいの少年が座り込んでいる。
少年はこちらに気づいた瞬間、ハッとして駆けてきた。
「ラー兄っ!!」
「リヨン!!」
ラッシュがリヨンと呼んだ少年はそのままラッシュの胸に飛び込んだ。
「よかった!! ラー兄だけ帰って来ないからっ! おれっ…!」
リヨンが涙ぐんだ声で言った。
ラッシュは落ち着かせるようにリヨンの背を優しく撫でる。
「我は平気だ」
そう言うラッシュは優しい顔をしていた。
「ラッシュ、おかえり。無事で良かった」
「安心したぜ、ラッシュ」
教会から帝都のスラムで戦った犬の獣人と兎の獣人が出てきた。
「ところで…そいつは?」
犬獣人が怪訝な目で俺を見る。
まあ、当たり前か。
帝都で戦った相手がいきなりアジトに現れれば警戒もするだろう。
「中で説明する」
ラッシュはそう言うと俺とルシアを教会の中へ連れて行く。
まず目に入ったのは正面のステンドグラスと翼の生えた女の石像だった。
ステンドグラスは所々割れており、石像も翼の先が崩れている。
おそらくここは礼拝堂にあたる所なのだろう。
そしてそこでは獣人、人間関係なく多くの子供が遊んでいた。
「みんな! ラー兄が返って来たぞ!!」
リヨンが他の子供にラッシュの帰りを知らせる。
すると子供たちは一様に駆け寄ってラッシュの無事を喜んだ。
ラッシュは柔らかい表情で一人一人と言葉を交わす。
その姿は普段の張り詰めた雰囲気からは想像できないものだった。
やがてリヨン以外は奥の小部屋に通された。
ラッシュが「中で大事な話をする」と言うとリヨンは聞き分けよく、他の子供たちの元へ走って行った。
小部屋には背もたれのない椅子が六脚置かれていた。
各々そこに腰掛ける。
「アラベル、ルシア殿、紹介する。兎の獣人がガジュ、犬の獣人がロウだ」
ガジュが「よろしく!」とサムズアップする。
反してロウは軽く会釈する程度で警戒心剥き出しだ。
「そしてこちらが帝国宰相のアラベルとその使用人のルシア殿だ」
「宰相だと!?」
ロウが声を上げる。
「ロウ落ち着け。順番に話す」
ラッシュがロウを宥めて事の経緯を説明する。
「なるほど」
ロウは納得したのか警戒を解いてくれた。
そして立ち上がると俺とルシアに頭を下げた。
「先ほどは失礼な態度を取ってすまなかった。ジョットの件で僕も張り詰めていたんだ」
「大丈夫だ。気にしてなーー」
「そうだぜロウ!! いやーオイラそういうのよくないと思うな―。うん、よくないよくない」
突然ガジュが元気になった。
「そうだな、今のはよくなかった。反省だ」
何か言い返してもよさそうなものだがロウは素直に受け入れている。
「だろ? だから今夜はおかずを一品…いや二品増やしてくれてもーー」
「ガジュ?」
ラッシュがガジュをじっと睨む。
するとガジュは身体をビクッとさせた。
「いや、冗談だって、冗談! そうカッカしないでくれよ!」
そう言うガジュを見てラッシュがため息をついた。
ラッシュも色々苦労していそうだな。
「アラベル、ルシア殿。今夜はゆっくり休んでくれ。二階に一部屋空いている。案内しよう」
「ちょっと待ってくれ」
俺はその言葉に待ったをかけた。
「どうした?」
「できれば俺とルシアの部屋を分けてもらいたいんだが…」
ルシアも年頃だ。
こんなおっさんと二人ではかわいそうだろう。
「すまないが他に部屋は空いていない」
「なら俺は廊下でいい」
俺がそう言うとルシアが抗議した。
「ご主人様、それはいけません。でしたら私が廊下で寝ます」
「いや、でもーー」
そうして俺とルシアが廊下を取り合っているとラッシュが不思議そうな顔で言った。
「恋仲だというのに変な事を気にするのだな」
「こっ!?」
ルシアが奇声を上げてフリーズした。
「ラッシュ。俺たちはそういう関係じゃない」
「そうなのか?」
なおも疑うラッシュに俺は「ああ」と答えた。
視界の端には尻尾と耳をしゅんとさせるルシアがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます