第16話 おっさんは手を出さない
翌日、城下町の大広場。
そこにはいつに増して人が集まっている。
そして人々は一様に即席で設置された演説台を見つめている。
俺は演説台の裏でエリシアと例の女兵士達ーーラズとリズと共に控えていた。
「アラベルさん」
緊張の滲んだ声でエリシアが呼ぶ。
「どうした?」
「…これから何が起こっても見守っていてくれますか?」
見れば手が震えていた。
『女王』
子供には重すぎる肩書だ。
不安で当然だろう。
ーーだがエリシアは『助けて』とは言わなかった。
「おう!! 当たり前だ! お前も気合い入れろよ!」
そう言って俺はエリシアの背を叩いた。
行く道を決めたエリシアにできるのは背中を押してやることだけだ。
「はい!」
エリシアは胸を張って演説台へと上がった。
「皆さま、わたしはバルファリア帝国女王ーーエリシア・バルファリアです」
民衆の視線がエリシアを捉える。
憎悪、恐怖、怒り。
おおよそ少女に向けられる視線ではない。
それも当然だろう。
自分達に次々とのしかかる理不尽としか言えない法案。
本当のところ、エリシアは親父に脅されていたのだが民衆はそんな事知る由もない。
彼らにとっての諸悪の根源が目の前に現れたのだ。
歓迎などできるわけもない。
「まず、皆さまにはこれまでのこと、深く謝罪致します。誠に申し訳ございませんでした」
エリシアが頭を下げる。
だが不味い。
これは悪手だ。
「ふざけてんのか!!」
民衆の一人が声を上げる。
「そうだっ! 今さら『すみませんでした』で済むわけがねえだろ!!」
すると堰を切ったように他の者もエリシアに罵声を浴びせ始めた。
自分の非を認める、ということは相手に弱みをみせる事と同義。
溜まりに溜まった不満が今爆発してしまった。
こうなっては民をまとめるのは絶望的だ。
するとヒートアップした民衆の中からフードを被った人影が飛び出した。
それは演説台に跳び乗るとエリシアの前に立った。
そいつは被ったフードを下ろし、頭に生えた虎の耳を露わにした。
現れたのは昨日、エリシアを攫った『革命の牙』幹部の虎獣人だった。
こいつは結局エリシアの希望で捕まえずにその場に残して来たのだ。
だがまさかこんな所に堂々と現れるとは思わなかった。
「自身の非を認めたのだ。ここで我らに裁かれる覚悟はできているのだろう?」
その抑揚のない声には信じられないほどの怒りが籠っていた。
彼は服の中からナイフを取り出しエリシアに突き付けた。
「「陛下!!」」
俺はエリシアに駆け寄ろうとするラズとリズを手で制した。
「何をーー」
「黙って見てろ」
そう言うと彼女らは渋々引き下がった。
エリシアは一瞬こちらに視線を送ると「安心しろ」というように微笑んだ。
「覚悟はできています」
「ならばーー」
「しかしそれは死ぬ覚悟ではありません」
「何?」
エリシアが大きく息を吸う。
「帝国を変える覚悟です」
「変える…だと?」
虎獣人は何を言ったのか分からないような顔をした。
しかしその言葉を理解した瞬間、彼の顔は怒りと憎しみに染まった。
「貴様はどれだけ人を弄んだら気が済むのだ!! 帝国を変えるだと!? 貴様が変えた結果が今の腐り切った帝国だ!! だというのにまだ我らから奪うつもりなのか!! ならば我が今この場で貴様を討つ!!」
虎獣人が手に持ったナイフをエリシアの首に押し付ける。
エリシアの首から一筋の血が垂れる。
しかし、エリシアは一歩も引かずに彼を見つめ返す。
「それで帝国が変わるというのなら構いません。しかしーー」
エリシアの瞳に光が宿る。
「約束してください。わたしを殺したあとで貴方が王になると」
「なん…だと…?」
虎獣人がたじろいだ。
「わたしは覚悟を持ってこの場に立っています。そのわたしを討つというのなら貴方も相応の覚悟を見せてください。自分が必ず帝国を平和にしてみせると今この場で誓ってください」
「そんなこと簡単ーーっ!?」
虎獣人がふと視線を感じ振り返る。
そこには数多の民衆の目があった。
期待、疑念、怒り、羨望、あらゆる感情の入り混じった目が彼を射貫く。
きっと彼は理解したことだろう。
王とは何なのかを。
王になるとはどういう事なのかを。
「どうしました?」
「!?」
エリシアの方を向く虎獣人。
そこで彼が目にしたのはその視線をーーいやそれ以上の感情の籠った目を向けられているというのに一切動じないエリシアの姿だった。
「わたしを討つのでしょう?」
エリシアが一歩踏み込む。
虎獣人が一歩後ずさる。
「来るな! その首を落とすぞ!」
「『そうしろ』と言っているのです」
大の男を圧倒する小さな少女。
息を呑む民衆。
その光景を見た誰もが理解した。
目の前にいるのはただの子供ではなく『王』なのだと。
エリシアが獣人の手に触れるとまるで魔法のようにするりとナイフが零れ落ちた。
エリシアはそれを拾って掲げると高らかに言った。
「誰でも構いません! 次の王になりたい者はわたしの首を落としなさい!!」
その声に答える者は一人としていなかった。
それは真の『王』が生まれた瞬間だった。
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